二度と騙されない | mitosyaのブログ

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個人誌「未踏」の紹介

 ソイレントグリーンの安楽死のイメージが忘れられない。シネラマのスクリーにかつての生きものたちに溢れた地球の姿が映し出され、部屋には田園交響曲が流れ、老人達が静かに死んでいく。死体はソイレントグリーンとなって、まだ生き残る人々の食糧となっていく。

 あのときの手術の痛み、精神の錯乱を体験した今の私には、安楽死は考えられない。死は痛みと苦しみを伴い、最後まで意識をさいなみ、さようなら、ありがとう、などとは死なせてはくれない、しかし今、痛みも苦しみも、死と同じように受け入れようと思う。耐えようと決意している。その為に、あの時の痛みはけっして忘れまいと、腹の傷をさわる度に思い出しているのだった。

ベッドも人も暗闇なのに、虹を帯び変に明るく輝いていた。私はベッドごと空中を揺れ、身体は羽根になったような軽さで、手、足、身体に感覚がない。眼は外界を見る道具に過ぎず、頭の中に世界の全てがあった。暗闇の中に次々星座が見えた。グラスミュージックのようなきらびやかな音楽も聞こえていた。五分もすればきっと大気圏に突入し、あの重い重力がのしかかってくるのだが、その時までの吸い込まれるような心地良さ、手足、身体が溶けていくようなモルヒネの味。

 騙された―――、二度と騙されない―――、生の楽しさ、それを終わらねばということは、騙されていたということ―――、あの手術の後の痛みと、モルヒネの快楽―――、生と死のコントラスト―――、死の受容には痛みの体験が必要、あの痛み以上のものはない、あの痛みは決して忘れまい。公園の一周がちゃんと出来なかった。背筋を伸ばしては歩けなかった。記憶は残っている。歩きたい、食べたいと。この死のテーマは他人のことではない、私のこと、私がどうしても解決しておかねばならないこと。
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