夜ごはんを買ったときに飲み物を買うのをケチったせいで、結局真夜中に何回も目が覚めて、その度に自動販売機を思い浮かべた。
やっと2時過ぎにズボンをはいて近くの自動販売機へ。100円からと書かれていた自動販売機も流石に値上がり。100円で売られてるのは、レモン炭酸水だけ。お茶は120円が一番安い。120円で買える麦茶とメロンクリームソーダを買った。
せっかく目が覚めたのだから、何かしたい。検索しよう。
月末に実家に帰るときに姪っ子や甥っ子をどこかへ連れていきたい。しかし、車を運転できない。何とかバスで近所の遊べるところがあれば。今週に入ってから毎日休憩時間に検索しているが、何もない。田舎っていうのは、東京以上に遊ぶところがない。本当の田舎なら違うのかもしれない。中途半端な田舎。何もないけど民家は密集していて、車も5分に1,2台は通る。走り回るところがない。山に囲まれているが近くに緑はない。そう思うと都会っていうのは、人口的に作られた、人民の人民のための公園が沢山ある。
年寄と子どもが都会に住むべきだ。それで若者といわれる:若者ってどれくらいの年齢だ?:若くないけど25~50歳くらいの人は田舎に住むべきだ。
若者と年寄の生活を逆転したらどうなるんだろう。
若者は、みんなの食べ物を畑を耕してつくったり(畑をやってるのが年寄って考え方は古いのかもしれないけれど、イメージで)
年寄は、若者に向けて年金を収める
若者は、交通手段のない田舎で車を使わず歩く
年寄は、電車を乗り継いで余暇を楽しみに色んなとこへ行く
書いて全てが其々に対する単なるイメージに過ぎなく今はどういう時代なんだろうという疑問が湧いてきた。
WEBの学校に通っている時があった。その入試の時は、田舎にネットワークを普及してお年寄りが使えるWEBページを作りたいとか言っていた。まったく思っていない訳ではなく、本当にそう思っていたから言ったのだけれど、その意志の強さはそんなになかった。「WEBを使ってなにをしたいですか?」と聞かれたから、“本当に必要な人が使えるような、ネットワークを作りたい”とか何とか。本当に必要かどうかはその人が決めることなのに、なんかあったらいい気がして、強気に言っていた。意志の強さはないけど。あえて言うならって。
何を思ったか、買って以来Spotifyの再生にしか使っていなかったパソコンを開き、子どもたちを楽しませる遊び場を探そうと思いつつ、クラウドワークスの登録を何年か前にしたのを見つけつつ、最近まったく書かなくなった紙のノートをひらきつつ、凄くやろうと思ってた訳でもないけど、ブログとか書いてみるかと一瞬よぎった小さい思考に乗って今に至る。
中学生の時はFC2ブログやっていた。アメーバも登録していた気がする。でも覚えてない。
私がいつか書いた文章が、自分も忘れた文章が、今もどこかインターネットの宇宙に浮いて、漂っているのを想像しながら。
ーまた、懲りずに生成してしまった。宇宙のゴミ。今はまだ肉。ー2025.2.6.3:38