ニューロダイバシティって何?

ニューロダイバシティ(neuro-diversity)とは、「脳多様性」や「神経多様性」などと訳される言葉で、具体的には、

「脳や神経の在り方には、人それぞれに違いがあり、それらは人間の多様性の一つとして尊重されるべきである」

とする考え方を示します。

考え方、感じ方、事実として、個人差がある→どう理解し向かい合っていけるか?



もし、私が「普通」の世界ではなく、アスペルガーの世界で、育ったとしたら、私はどのようになるだろうか?
私は、どれだけ「普通」を人為的に背負っているのだろうか?


今日、
ニューロダイバシティ
〜人間理解の新視点〜
のシンポジウムが、ありました。

最新の自閉症スペクトラムに、学術的関心として、主に社会学の領域にて

いろんな視点での話に、5時間が、短く感じてしまいました!


自分から、物体までの座標
自分はいるけど、物体と物体までの座標

この座標の感覚

自分を中心に物体までの感覚を考えるのか?
自分ではなく、物体と物体の感覚を考えるのか?

では、正しいとか間違えではなく、見方が違うだけである。

エビングハウス錯視



ポンゾ錯視



一般的には、周りと対比をして、物理的な大きさを捉えるのではなく、脳で推測して見てしまうので、違う大きさや、長さに見えてしまうのだが、ASDの方は、そのまま、同じ大きさ、長さに見える見方をしてしまう。

ASDの方はリアルな世界を見ているとも言えるのですね!


なのに、

「あなたがこのように感じるのは、おかしい!」

と、どれだけ良かれと思っていて、本人の為にならないと思って言ったとしても
言われた相手は、エネルギーを奪われるだけです。

同じ感覚でなくてもいいし、

そう思うんだね!
私は、こう思うわ!

と、伝えるのは、相互を尊重になる。

多数派だから、良しでもないし
少数派だから、悪いわけでもない。

その中で、折り合いをつけていくことは、大切なことではあるが、

それは、おかしい!変!

などの思考は、そもそも違う。

色んな感覚があっていいのだ。

ASD者は、感覚過敏の方も多いのだが、そのせいで、苦痛も多いが、その為に人より早く気づけることも多かったりするし、
ルーティンは、飽きると思うが、ASD者にとっては、逆に発見や、違う感覚などに目を向けていたりして、毎回違うものだったりもする。

今まで、知ることのなかった新しい視点である。

私の説明では、伝わらない事が多いのは承知なのだが、是非ともこの

ニューロダイバシティ

について、学んでみては、どうでしょうか?