こんにちは、夕凪 ケイです。
今回は『怒り』について僕が普段思っていることについて考えていることについてお話したいします。
(1)たまに見かける『怒りの現場』
僕が普段している仕事(会社員)では時折、外注の業者さんが工事の為に出入りしているのですがその時の一幕。
大きな機械を業者さん5、6人がかりで搬入、搬出していたのですが、かなり大きな機械のため、かなり苦労している様子だったんですね。
あっちを吊るしてみればこっちが柱に引っかかって上手く運べず。
今度はこっちを吊るして行けないかと試せばこっちが壁に当たって運べない、といったような。
僕は近くで他の作業をしながら様子を見ていたのですが、普段慣れてるプロでもなかなか苦労している様子でした。
中々上手く行かず現場のリーダーらしき人が段々とイライラして声を荒げているのが少し離れているところから見てもよくわかります。
作業員の一人が少し手際が悪いとすぐ怒鳴り。別の一人も自分が思った通りに動かないとまた怒鳴り。
僕も似たような経験があるんですが、こんな時って怒られる方にしたら、もうどう行動しても怒鳴られるような気がして余計に動けなくなるんですよね。
それでリーダーも動かないことに対してさらに怒ってまた萎縮させてしまって悪循環、、、今回見た光景もそういった様子でした。
(2)普段の生活でも見かける怒りの現場
先に挙げた『怒りの現場』、他にも似たような光景は普段私達の周りにも結構あるんじゃないでしょうか。
・スーパーのレジ待ちで中々列が進まずイライラしている人
・子供が中々言うことを聞いてくれずに何度も声を荒げるお母さん、お父さん
・前を走っている車に対して急かすようなパッシング、クラクションを鳴らす車
怒りの感情は、日常の中にもいくらでも潜んでいます。
(3)その怒りは他人のため?自分の為?自分の為にすらなってない?
怒ることと叱ることは違います。というお話は聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。
さっくりと簡単にまとめますと、
怒る:自分の感情の高まり。腹を立てる。➡️自分の感情の発露をしてるだけ。
叱る:相手の非を戒めて反省を促す。➡️相手の事を考えての行動
の上記のような感じかなと僕は解釈しています。
怒りは自分の中の感情をバーっと吐き出して終わり。事態が好転する訳では全くないですよね。吐き出された方は、
『いや、そんな事で怒らなくても、、、』と思うことがほとんどではないでしょうか。
例で挙げた
工事業者さん➡️怒ったところで機器搬入がスムーズに行くわけでもなし
お父さん、お母さん➡️怒られた子供はきちんと理由を説明されなかったら、イラついたら大きな声で怒鳴るのが普通だと覚えてしまうかもしれません。
レジ待ち、車の煽り➡️怒ったところで状況は変わらないどころか余計なトラブルを招いて悪化するかも。
共通して言えるのは、怒ったところで自己嫌悪するだけで
これからの自分の人生という視点では全くメリットがないんですよね。(自己嫌悪すらしないでいつも怒っている人もいると思いますが)
こんな事を書いてますが、僕自身もかなりイラっとしやすいです。
仕事で思わぬトラブルが発生した時や車の運転で急に割り込まれた時なんて特に不機嫌になりやすいです。
ただ、その度に、
『この感情に振り回されてても人生は好転しない。むしろ後退するだけ』
『今、感じているこの感情はなぜ湧き上がっているのか。本当にこの場面で抱くべき感情なんだろうか』
『未来の自分から振り返って見てこの場面で怒ることは一人の大人として成長できる振る舞いなのか、怒った自分を好きになれるだろうか』
など、一歩立ち止まって考える癖が最近になって少しずつ(本当に少しづつです、いきなり仙人みたいに感情コントロールはできてないです笑)
(4)自分を好きになる為にも今抱いている感情を理解する
なぜ僕が自分の感情を理解しようかとしているのは
自分を毎日少しずつでも好きになりたいからなんですよね。
↓その理由ときっかけ↓
怒りの感情を押し殺すのではなく、その時抱いた感情と向き合って理解した上で怒るのか、はたまた怒らないのか。それとも怒り以外の感情を抱くのか。
相手を叱るときも自分の意見を押し付けるのではなく、相手の感情、事情と向き合って叱ることができたらいいなと思います。
(自分が叱っているつもりでも、受け取る側が叱られているのではなく怒られていると受け取ったら、お互いに勿体無いんじゃないかと僕は思います)
今回の記事を通して、怒りの向き合い方の一つとして、こういう考え方もあるんだんなーと思っていただければ嬉しいです。
読んでいただいてありがとうございます(^。^)

