先週の朝、出勤途中に信号で止まっていたら

突然上から小鳥が目の前の道路に落ちてきて

ぐったりと動かなくなってしまいました


まわりにも信号待ちの人が数人いて

人目が気になり、信号が変わって

周りの人がいなくなってから

小鳥の側へ行きそっと持ち上げた。

すると少し動くものの、ぐったりとして力もない。


そばにある草むらの上に横たえると

うっすらと目を開けたが直ぐに閉じて

そのままもう動かなくなってしまった。


一度その場を離れ、でも草むらのもう少し奥に

置いてあげたほうがいいかなと

戻って草むらの少し奥に場所を移して

そっと横たえた。

その時はもう目も開けることもなく

身体もぴくりとも動かず

ただ手のひらには、小鳥の柔らかい体と羽根の

感触と温かいぬくもり、その小さな体の

重さが伝わってきた。


職場に着いて仕事をし始めても気になって、

もしかしたら脳震とうを起こして気を

失っただけで、まだ死んではいなかったかも

知らない。


連れてきてケアしてあげたら、もしかして

助かったのかも知らないという思いが

湧いてきました。


というのも、以前まだ実家に居た時に

父親が道に落ちて飛べなくなっているスズメを

家に連れ帰ってきてきたことがあり、

しばらく世話をしたら元気に飛べるようになり

また放したことがありました。


そのことを思うと、もしかしたらあの小鳥も

連れてきて世話したら、元気になったかも

知らないと思って、自分の判断に後悔しました。


それと、小鳥を持ち上げた時に感じた

胸が苦しくなるくらいの柔らかさと

その小さな体の重みがいつまでも

離れなかった。



でももしこれが、蛇やもっと他の

触ったりできない動物だったら

ここまで心残りに思っただろうかと

思いました。


自分が可愛いと感じられる生き物だったから

こんなに落ち込むけど、もし苦手な生き物だったら

きっと持ち上げて草むらに持っていくことすら

しなかっただろうと。


それに、わたしはヴィーガンではないので

動物のお肉を食べるし、革製品も持っている。


わたしが助けられずに落ち込んだ小鳥の命と

わたしが食べる動物の命の境界線は

なんなんだろう。