人生は山あり、谷あり。スイスイとは行かないけど、とにかく前向きに行こう。夢も見ないと叶わないし、後ろ向きな人には幸せはやってこない。「おまえが何かを望む時には、宇宙全体が協力して、それを実現するように助けてくれる」(パウロ・コエーリョ 『アルケミスト-夢を旅した少年』)
テンパリ
⇒夕日を浴びるマサイキリン(2003年2月6日ケニア・マサイマラ国立動物保護区
にて撮影)
始めるなら1年はちゃんと続けたいなと思っていた当ブログですが、晩冬の業務繁忙期を目前にして素直にちょっとお休みすることにしました。いろんな事があると、忙しくてもやはりブログに書いておこうと思ってしまうもの。秋の繁忙期の時はそれで睡眠時間削りまくりの日々だったので、その反省に立ってというところでしょうか。
今週からいよいよ始まる繁忙期は秋どころではなさそうだし。秋は仕事がどれだけ忙しくても、それでもしっかり遊びまくる元気もあったけれども、なにせただでさえパワーダウン期の冬だからね。注意しないと。
これまでこんな私のだらりんブログをまめに読んでくれたお友達の皆さん、および私が個人的に存じ上げないのにこんなのを読んで下さった皆様方、本当にありがとうございました。たくさんのコメントやメールにとても励まされ、力を貰いました。相変わらずまめにメールは書けないとは思うけれども、これからもお見捨てなきよう!よろしくお願いします☆ Insallah, pek yakinda tekrar bir yerde gorusmek uzere.
⇒沈まぬ太陽がないように、のぼらぬ太陽もありません。またアフリカで自然の厳しさと懐の深さを感じたいもの。(2003年2月8日ケニア・アンボセリ国立公園
にて撮影)
ロマンチックの嵐
今日は仕事の帰り、職場の人と4人で『プライドと偏見』
を観に行った。前から観に行きたかった映画だったんだけど、仕事絡みでチケットを4枚貰った為、そんなメンツで観に行ったのだ。本当を言えば、映画は家族か、友達と観たいんだけどなあ、と思いながら観に行ったの。だって、私、ガハハ笑いだわ、よく泣くわ。そんなリラックスした自分、職場の人には見せられないじゃんね。
でもそんなんどうでもいいぐらい、とにかく映画が良かったの~。観に行った相手が違ったら、即キャーキャー言いたかったぐらい。だって、もうロマンチックで、甘美な内容なんだもの!最高に乙女チック、白馬の王子様とhappy ever after系よ。それに絵のように美しいイングランドの田園風景や、お城なんて出てきた日にゃあ、もうため息ものです。はあああー、素敵!素敵!!素敵だわぁあー!!!
キーラ・ナイトレイがまた少女マンガから抜け出したみたいに、明るくて、笑顔のかわいい美人さんでしょ。はまるわー、このきれいな絵に。初めて”Bend it Like Beckham”で観たあのサッカー少女はどこに行ったのかしら。「英国の誇るバラ」的な呼び方をされるのが分かるキュートな等身大の女の子だよね。
キーラ・ナイトレイ扮するエリザベスと恋に落ちるダーシーの俳優さんも最初は冷たい、いけすかない男に見えるのに、だんだん観ていたら、かっこよく見えてくるのよ。映画マジックか、はたまた俳優さんの力量か。
映画を観終わってすぐは職場の人とごはんに行ったので、映画の世界にどっぷりはまって、反芻出来ず。帰り道、色んなシーンや台詞を思い出しては浸ってしまった。ああー、私も素敵な恋がしたいわあ。
今すぐにでも英国に行って、ダービシャーで映画の舞台を巡る旅をしたいよと思わせるぐらい、とにかく映像がきれいだったね。本当にあるのよ、舞台を巡る旅!行きたい~。詳しくはここに⇒http://www.visitprideandprejudice.com/
うっとり。女ヂカラアップには持って来いの映画だね。やはり浸れるものがあるのっていいわー☆
スパイダー病
⇒こんな青い空が早く見たいね。それだけで気分もすっきりするじゃん。(2003年7月エジプト・ルクソールのカルナック神殿にて撮影)
最近、イライラが止まらない。自分では理由は分かっているんだけれども、理由自体も下らなすぎて、自分で自分に呆れる。そんなこんなで近頃、またスパイダーソリチア依存度が高まっている。
いかん、いかん、時間の無駄だと思うんだけれども、夜中にカチカチ。止められない。あれで気が晴れるかといえば、ほとんど勝てないからイライラは更に募る一方で、どうどう巡りでバカの骨頂。こういう状態の時、気分転換にマンガとか、本でも読めばいいんだろうけれども、そんな元気さえもないのだ。はあ。
でも今年は例年の冬に襲われる鬱々とした気分はまだ免れているから、まだましとした方が良いのだろう。
春にある楽しい企画をいろいろと考えていたら、少しは気が晴れるから何とかなっているんだろうと思われる。
本当に冬は嫌いだ。自分は本当に冬生まれの人間なのかというぐらい、冬が近づいてきて、日照時間が短くなってきたら、どんどんパワーダウンする自分に気付く。自分で自分の秋のブログを読んで驚くぐらい。そのエナジーはどこから?全く同じ私なのにって。
同じような悩みを持っている人に聞いた話では、この症状にもちゃんとした病名があるらしい。でもその人はこれは病気なんだ、と記事を読んで知った時、ほっとしたの半分、名前があるほどの病気なのかと思ったら、がくっとまたきたのと半々だったと言っていた。その気持ち、痛いほど分かるよ。
こんな私がよくもまあ、あの冬になると別の街かと思いたくなるぐらい、一日が短くて灰色になってしまうイスタンブールで冬を越していたなあ。(寒すぎな内陸の街、アンカラは言うに及ばず。)4時には暗くなりだして、6時にはもうとっぷり真っ暗だった。太陽が、雲ひとつないぐらい真っ青な空が本当に恋しくて、春よ早く来いと切実に思った。日本ではまだそこまでは思わんもんな。もうちょっとしたら、梅も咲くしね。
一年で一番暗黒の2月を乗り越えたら、もう春だ!頑張れ、mitchistanbul。誰も励ましてくれんし、自分でせいぜい励ましておくわ。
どの時代も結局、生きて行くというのは大変なこと-『ALWAYS 三丁目の夕日』
ずっと書きそびれていたが、1月の3連休に両親と一緒に近所のシネコンに『
ALWAYS
三丁目の夕日』
を観に行った。両親の友達の間ではかなり話題になっていたらしく、2人が観に行こう、行こうと言って、やっと実現したものだった。何でも昭和の懐かしい話で、新聞の広告曰く、感動の嵐でものすごい数の人が劇場に足を運んでいるという。私はそれぐらいの情報で行った。
映画評を読んだりしてから映画に行くのは好きじゃない。何だか人の感想をなぞりに行くみたいで。原作の小説を読んでいたという映画以外は、映画のストーリーの大枠でさえ事前に知りたくない方。
もう上映回数も減っていたのに、それでも劇場は満席で、事前に席をインターネットで予約して行かなければ絶対に観れなかった感じだった。母は昨年末、一度親友とこの映画を観ようと出かけたら満席で、”SAYURI”を観て帰ってきたという日があったほどだった。
私の感想はというと、相変わらず泣きました!泣かせるようなにくいシーンがたくさんあるんだもの。
映画の中の一人一人のキャラクターが本当に生き生きしていて、「鈴木オート」とか、「文学」、いがぐり頭の子供達に、角のタバコ屋のおばちゃんとか、どの人も血の通った人だった。粒揃いの役者さん達の名演が光っていたね。
自分の両親が子供の頃の日本はまだまだこんなんだったんだ。頭では分かっているけど、映像で観ると、今と同じ日本なのかと改めて驚く。氷の冷蔵庫、市電、半ズボンでアスファルトなんか敷かれていないどろどろの道を紙飛行機片手に走る子供たち、駄菓子屋の当たらないくじ。駄菓子屋のおやじをやりながら、売れない小説を書いている「文学」が柑橘系の汁で「カス」と書いてはくじを作っているのとか、笑えました。
駄菓子屋(学校前の文房具屋が似たような役割を果たしている地域もあった)のくじだのって、私が小さい頃ぐらいまではまだあったのに、どこに行ってしまっただろう。うちの妹1は本当に駄菓子屋で売っているような、独特のお菓子が大好きだったし、今も好きなんだろう。たのきんトリオや、なめんなよ(猫)のブロマイドが当たるくじとか、親に「おこづかいでそんなもんは引いちゃいけません」って言い含められていた類のものがあったなあ。今の子供と、私達が子供の頃、そして両親が子供だった頃。子供の時間がどんどん、すごいスピードで様変わりしているように思う。
あの舞台が東京タワーの辺りというのも不思議だった。多分、神谷町か、芝公園とかせいぜいその辺りってことだよね。あんなに近くに東京タワーが見えるんだから。あんなんだったなんてねえ。25年前のあの辺りの姿とかを考えたって、本当に信じられない。私も文学が世話をしていた淳之介や、鈴木オートの息子、一平ぐらいの歳の頃、うーん、それよりもう少し小さい頃まで、東京タワー周辺はある種、テリトリーであったんだよね。あの辺りに祖父母が住んでいたのだ。
ちょくちょくおじいちゃんが小銭をくれては私達孫に「東京タワーで遊んでおいで」と言ってくれたものだった。それはそれは子供心に「待ってました!」っていう特別な日だったな。何があるという訳でもないのに、東京タワーのゲームセンターみたいな辺りとかに行けるというだけで、嬉しかった。よく考えたら、小学生前後の子が自分達だけで行っても危なくない所だったのかな、東京タワー?それとも母もついていってくれていたのだろうか?その辺の記憶は定かではない。
久しく行ってないな、東京タワー。あの頃は東京タワーの周りにほとんどビルもなかったのに。だんだん様変わりしていきました。当たり前か、あんなに東京のど真ん中で、すぐそこは麻布だの、六本木なんだものね。
唯一、残念だったのは、映画の終わりが分かってしまったこと。父が「映画の最後に夕日が出てくるらしい」とか言うから。どうもあっちを向いていることはって、夕日自体が出てくる前に雰囲気で分かっちゃったじゃん!
でも父親がそんなことを知っていたぐらい、父の高校のクラスメイトの間のメーリングリスト(ML)上でこの映画は異様なまでに話題になって、大抵の人が大絶賛だったんだって。父は前ふりが大きすぎて、うーん、そこまで、と反対に思っちゃったらしいけど。でも私は大体、父がそんな友達MLに入っていたりとか、MLで届くメールを読んでいたんか、とそっちも意外でありました。
One singular sensation Every little step he♪
Ooooh! Sigh! Give her your attention.
Do...I...really have to mention?
She's the One?
そうか、”One”ね。これは『コーラスライン』の曲だったんだ。今日、やっと高2の合唱祭でうちのクラスがオリジナルでやった曲とその出所とが私の頭の中で合致した。
劇団四季は日本語で歌っているからそこまでは思わなかったけど、これがブロードウェ-だったら、歌いだしたくなったかもしれない。だって、あんなに特訓した曲だもの。忘れたように思っても、メロディを聴くと歌詞が口をついて出てくる。(私は身分不相応にも「英語科」なるものに行っていたので-行ってすぐ英語が嫌いになっちゃいましたが-、私達のクラスが選んで歌った歌も英語のものでした。)
今日は母と京都の京都劇場に劇団四季の『コーラスライン』
を観に行った。相変わらず京都は冷たい風が街を吹き抜けていて、治りかけていた風邪がぶり返しそうな頭痛がして帰ってきた。でも舞台は至ってシンプルだけど、力強かった。
舞台の間は日本人の顔をした四季の俳優さん達が本当にアメリカ人に見えてくるから、舞台って不思議だ。プエルトリカンのディアナですって言われたら、本当にそう見えてくる。最後にシルクハットを手にお揃いのコスチュームで全員が”One”を歌って、踊った時、役柄から離れて1人1人が初めて日本人に見えた。お芝居ってすごいなあ。
「悔やまない 選んだ道がどんなにつらくても全てを捨てて 生きた日々に悔いはない」
そんな事が言える天職や、人生における夢に出会ったことは今のところない。(一度捨てた夢はあるか。)でも私のトルコでの6年ってそんな感じではあるよな、と思った。
家族を、友達を、キャリア的なものを、そんなすべてを後ろにしてトルコで人生の賭けに出た6年間。思い通りの結果にはならなかったかもしれないし、気がついたら随分な時間が経っていたけど、私も自分の選んだ道に後悔はない。自分の生きてきた道にだけは誇りを持っている。そして私の破天荒な生き方を心配しつつも、暖かく見守ってくれる家族の皆に感謝している。そんな気持ちになった『コーラスライン』。
歌詞の意味 も考えないで、とにかく合唱祭優勝のみを考えて練習していた16の頃。(たしか実際、優勝したはず。)今改めて歌ってみると、こんな歌詞だったのねえ。それが分かるようになっただけ、少しは成長してますか。
冬ですが、「秋のパーティ」メニューにチャレンジ
明日は母のお誕生日。でも私は仕事で帰りがかなり遅くなることが分かっている為、昨日先取りでお誕生会をやることになっていた。当初の予定では、私がごはんを作り、妹1がその間にエステをしてあげるという話だった。
しかしケーキを買って家に帰ったところ、父も仕事から早くに帰ってこれたので、お祝いは外に行こうかということに。献立も決めていたのに、ざーんねん。ということで、そのリベンジを今日果たす。
献立はかぼちゃのシチューポットパイ、サーモンピンクの簡単パテ、そして温野菜のマリネです。2004年10月に習ったのに、1回も復習してなかった分。これがまた大成功をおさめました!皆に大好評、自分もおいしくて、満足満足。近頃、週末に料理当番をするのが楽しくなっていたぐらい。うしし。
私って料理の才能あるんちゃうん?! とか自分で自分に酔ってしまいそうだけど、それはまさにABCという料理学校の教育システムの高さの証し以外の何物でもありませんわなあ。だって、BEFOREはそれなりにおいしいけど、正に胃袋を満たす為だけの男系料理的なものしか作れなかったんですもの、私。本を見い見い、適当にそれらしいものを作っていただけ。そんな私でさえ、ここまで成長出来たんだから、ABCって本当にすごい!お金の払いがい、授業に行く価値大ありって思います。こんなに役に立ったお稽古事も早々ないっしょ。
家で料理をした際はすぐに食べてしまうので、写真は撮っていません。あずきちゃん、リクエストしてくれてたのに、ごめん。04年10月にABCで撮ったものがあるはずと思いきや、多分携帯で撮ったのか、私のデジカメライブラリーから見つからず。
そこで全く関係ない、神戸のマンホールの写真を今日は載せておきます。ただ同じ04年秋というCD-Rに入っていたものなんだけどさ。大学時代のゼミの先生の絵のグループ展を三ノ宮に見に行った際、見つけました。デザインがえらくかわいくない?神戸の要素がたくさん入っていて。丸型じゃない所自体、珍しいと思う。
日曜からこんな大成功だと、一週間もけちがつかなくていいね~。いい一週間になるといいな。
⇒2004年11月13日神戸のフロインドリーブの辺りで撮影
エジプト展から広がって
⇒私がエジプトで一番美しいと思ってる夫婦の像。有名なものですがね。実物が思っていたよりかなり大きかったのが意外でした。(エジプト考古学博物館にて撮影)
高校の頃、ある英語の授業でアメリカ人の先生の「皆さんが行きたい外国の国はどこですか?」という質問に対して、クラスメイトが揃いも揃って「アメリカ!」と言うのに大変驚いた記憶がある。たしかオーストラリアぐらいはいたかもしれない。
私は自分がそうであったから、人の行きたい外国の国はエジプトか、スイス(ハイジの国だから)と相場が決まっているもの、とその日まで思い込んでいた。だから皆の発言にかなりカルチャーショックを受けた。どう考えても、日本の高校生としては私の方が変わっていすぎ、と今は思うけど。
とはいえ、「主流もの」が全く好きではない、へそ曲がりな私が大学でエジプト史をやった訳でもなく、あんなにかつて行きたかったエジプトという国にも全く縁がなかった。トルコに住んでたのになんでなん、近いんちゃうん?と日本にいる人なら思うだろう。実際に行ってしまえばフライト時間も2時間と、トルコから一番近い西ヨーロッパの街であるウィーンに行くより多少近いのだが、トルコでは感覚的にエジプトはかなり遠い。例えば、オーストリアに対しての方が確実に近く感じていると思う。
またカイロに飛ぶのは$350ぐらいかかるが、ウィーンやフランクフルトならイスタンブールから$180。それだけフライトの数、人の往来の数が違うということである。やはり現在のトルコはヨーロッパとの関係の方が強い、かつ重視している証しの1つと言えるだろう。
だからトルコに住んでいてもエジプトには全くご縁がなかった。興味&予算の都合上、どこか外に行く時はヨーロッパのどこかだったから。(日本に帰省する他はね。)
そんな中、トルコ在住5年目の2002年、大学時代の友人3人とどこかで集合して、一緒に旅しようという話になり、瓢箪からこまで急にエジプトに行くことになった。かなり世界を旅しているメンツばかりだったが、意外と誰もエジプトに行ったことがないのが判明し、ではカイロ
のパッカー宿に何日集合となったのだ。
エジプトはトルコに似たところもあるものの、やはりかなり違い、トルコも長くなってきた私にさえエキゾチックな国だった。アスワンとアブシンベルにまで足を運べなかったのが残念だが、またいつか機会があればなあと思う。次回はナイル川クルーズなんかをやってみるのも一興かもしれない。
エジプト展に行ったことから、長らく見ていなかったエジプトの旅の写真を見て、いろんな事を久しぶりに思い出した。先日、タイに訪ねた親友はそのエジプトの旅の夏以来、会えていなかった。バンコクで会った時はお互い変わってないなあと思ったものだけど、私は確実に老けた(大人になったとよく言うべきか)のが写真に如実に現れていた。親友の方は初めて会った日(私19、彼女20)から全く変わらないような子であるので、髪型ぐらいしか変わってなかったな。
⇒一応、ベタだけど、載せときますか。今日、話題になったところだからね。ギザのピラミッドとスフィンクス。(エジプト・ギザにて2002年6月30日撮影)
※ もっとエジプトの雰囲気を堪能したい人用:
私が2002年夏と2003年春にエジプトに行った際、撮った写真です。
http://community.webshots.com/album/42966929mnOxvJ
http://community.webshots.com/album/43016181PGglwi
http://community.webshots.com/album/44985424edMPDE
君も将来、歴史を専門にするのかな
⇒ルクソールの東岸に威容を誇るルクソール神殿の入口。私はカルナック神殿より小さ目とはいえ、こちらの方が印象に残りました。(エジプト・ルクソールにて2002年7月1日撮影)
今日、友達と4人で大丸梅田店へ『古代エジプト展』
を見に行ってきた。大丸ミュージアムがこんなに混むのかというぐらい押せ押せで、私達が出る頃にはミュージアムに入る為の長蛇の列がエスカレーターの辺りまで続いていたほどだった。
エジプト展には老若男女問わず、いろいろな人が来ていた。お母さんや、おじいちゃん、おばあちゃんに連れられてやってきた小学生も結構見かけた。古代エジプトからやってきた発掘品を、張り付くぐらい近くであちこちの角度から真摯な瞳で眺め回している少年(3年生ぐらいとか?)がちょうど私の前にいた。歴史好きそうなお母さんと一緒に2人で展覧会を見てまわっていたその少年を見て、昔の自分を思いだした。
私もエジプト史が大好きな母親に連れられて、小学校3年生ぐらいの頃、池袋の西武か、東武のミュージアムにやってきたエジプト展に行ったことを鮮明に覚えている。あまりに遠くの未知の世界から、これまた子供心に一切想像さえも出来ないぐらい昔の人が作った、見たこともないデザインの品々に吸い寄せられるように魅了された。母親が興奮げにそれらの展示品を見ていたのも影響していたのかもしれない。
ツタンカーメンのものだったか、全く違ったのか定かではないが、黄金に輝くミイラ用のマスクを見たのもよく覚えている。まだ学校で歴史の授業がなかった年頃に見たそれらのものは、私に遠い昔の人の生業について興味を持たせるに十分であった。それからの歴史好きが高じて大学で西洋史なんぞを専攻したのも、正にあの時のエジプト展が一番古いきっかけになっていると思う。
⇒眩いばかりのツタンカーメンの椅子。これもツタンカーメンの墓から出てきた埋葬品のひとつ。ツタンカーメンの埋葬品は有名なミイラのマスク以外にも、どれも息をのむほど美しく、また保存状態も良い。(カイロ、エジプト考古学博物館にて撮影)
金曜の晩に考える
大学時代は毎週金、土になると、いつも飽きもせず、友達軍団と踊りに行ったもんだった。クラブっていう程おしゃれな所ではなくて、ワンコインでドリンクが飲めて、踊れるようなお金がない若者&外国人御用達バー。上手い下手に関係なく、安いお酒を飲んでたくさんの友達とわいわい踊っていたら、それだけで楽しかった。ビートに身を任せ、ぱーっとストレスが消化されるあの感じが好きだった。
いつのまに踊れるスペースがあるバーとか行かなくなってしまったんだろう。やはり一緒に行く相手がいないからに尽きるな。気がついたら、だんだん友達と週末の晩に何かするといっても、おいしいお料理を出すお店で飲んで食べてとか、家でホームパーティとか、そんな感じになっていった。1人だけ未だに踊りたくてうずうずしているのって、大人になれていない証拠みたいな感じでちょっと淋しい。
日本ではクラビングってやはり若者のすること、みたいなイメージも強いからかな?だから皆、卒業していくのかなあ?外国では結構歳がいっても、好きな人は好きだから、クラブも幅広い年齢層が来ていたりするよね。
アンカラでトルコ語学校に行ってた頃、旧ソ連のいろいろな国々からのクラスメイトがかなりいました。ロシア文化で育ってきている人達は、結構なおばさんでもお酒は強いし、「さあ、ディスコに行くわよ」と積極的に言ってきて、行ったら行ったでガンガン1人で妙な踊りを踊ったりするから、お口あんぐりってぐらい驚いたのを覚えています。なぜかバーでバレエっぽいのを踊ってた子もいたな。ベラルーシか、ウクライナからの女の子だったっけ。
行こう、行こうと言いつつ、まだ一緒に行けてないけど、クラブに今、一緒に行ける相手って唯一、妹1ぐらい?昔は妹と踊りに行くなんて、何だか考えられなかったんだけどさ。あとは会社の子でライブ仲間の子かな?ほら、RoosterとJunior Senior一緒に行った子。一緒に行って、のってくれなかったら、こっちも遠慮して全然楽しくないしねえ。気兼ねせず、がんがんに踊ってもOKな子と一緒にやはり行きたいよね。
あとトレッキングや、ハイキングなんか好きだけど、周りで同じく好きなのって父親ぐらいしかいない。若者はそんなんに興味持たない?中高年の趣味?日本ではやはりそんな括りかなあ?
「登山」とか本格的なものじゃなくて、あくまで気軽なハイキングか、頑張ってもトレッキング程度のものが好きな私。自然の中のちっぽけな自分を感じられるからいい。大自然の懐に抱かれて、森林浴をしながらカメラ片手に歩くのは楽しい。大自然の中で食べるごはんは大層なものでなくとも、特別のスパイスがかかっているかというぐらい、何を食べてもとにかくおいしいし。
そんな事を一緒に楽しめる友達ってどうやったら見つけられるんだろうね。同好会みたいなん入らないと、クラブに行きたい人とか、山歩きしたい人とか見つけられないのかな?
うーん。Lisaだったら、両方一緒に出来る友達だけれども、なにせトロントに住んでるし。遠すぎ。
かつては長いこと付き合っていたパートナーと一緒にあちこち歩きにいったもんだった。私の趣味を半分強要みたいな形から始まったようにも思うけど、歩くのが好きな人だったし、本人も楽しんでくれていた。一緒に踊りには滅多に行けなかったけどね。家か、ビアガーデンみたいなので静かに飲むのが好きな人だったから。
趣味が近しい友達を見つけるのさえ難しいのに、パートナーだったら、それは非常に難しいんだろうな。
皆さんはどうやって趣味を共有出来るお友達を見つけていますか?是非、私に教えて~。
⇒ここはスイスアルプス。でもこの山の向こう側には夜になるとミラノのネオンが見えるという。『サウンド・オブ・ミュージック』でトラップ一家がアルプス越えをして亡命したのをちょっと思い出した。あれはオーストリア→スイスだけどね。
ヨーロッパのつながっている感覚は島国日本から来ると、何だか不思議な気がする。そして向こうが日本に来たら、反対の違和感を覚えるのだろうね。(2005年8月24日撮影)
※スイスアルプスの真珠、サースフェーについてはこちら
もうすぐ旧正月=2月ですね
⇒今更ですが、うちの新年の装いはこんな感じでした。このお花はすごく持ちが良くて、つい最近まで子のスタイルのまま、生けられていました。今は一部が別の花瓶でやはり元気にしています。すごい生命力!(2006年1月9日撮影)
もうすぐ1月も終わり。早かったような、長かったような。とにかく言えることはだらだらしていたら終わってしまったということ。未だ鼻水と痰に悩まされているし。
2月、3月と仕事もかなり忙しそうな予感で、昨日、今日、明日の台風の目のような状態を心から満喫しなければ、後で磨耗してしまいそうだなと思ってます。
春よ、来い!ウィンタースポーツとも縁のない私にとって、冬って本当に意味がない。日が短い、自然は全般的に荒涼としているし、寒いし。よく冬嫌いの私がカナダや、トルコといった冬が長くて、雪もどかっと降るような所に住んでいたなあ。かといって、常夏の国も駄目。熱すぎるのよりも、あのキンキンにききすぎの冷房がとにかく駄目。
で、春待望です。あと2ヶ月か。2月に梅が咲き出したら、随分気分も明るくなるしなあ。
