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歴史を繰り返さないためにも。

今日は少し真面目な日記


65回目の終戦記念日ですね


父親はこの一ヶ月後に生まれました


お蔭様で、父方も母方の祖父も戦地にいきましたが
無事に帰って孫の顔を見れるまでの人生を送ることができました


僕はここ何日と夜、NHKで放送していた戦争体験者等のドキュメントを観て

当たり前の発言ですが

戦争で何もいい事はなく、みんな心に深いぐらい残る記憶として

生きている方ばかりでした


こういう時、自分がだんだん歳をとり心も成長していけばいくほど

祖父から色々な話しを聞けたらよかった

と思います


母方の祖父は、空襲で軍事工場にいた弟さんを亡くしています

兵隊になり、朝礼の時に必ず言わないといけない軍隊の規則を覚えないと、隊長から厳しい罰、まぁ暴力をふるわれるらしく
必死に覚えてたそうです

もし終戦が遅かったら特攻隊に配属される手前だったそうです。。


父方の祖父は旧満州で警察の職務についていたらしいです

兄弟もいたそうですが病気で亡くなった人もいたみたいです

沢山、知り合えた仲間やらを戦争で失い
今の僕達にない感情の中を乗り越え人生を生きていた強い人達です


孫としては、この二人はもういませんが
少しでも時代が繋がれてよかったと思います

戦地で亡くなった方々は、海外で骨になり日本に帰れなかった国のために散った兵隊さんも大勢います


戦艦が作戦により、おとりになれと命令をうけ、=死の宣告ですよ

その中で、沢山の銃弾を受け魚雷で沈没する中で兵隊さんが叫んだ言葉は


「おかあさん…」


だったそうです。。

特攻に失敗し、敵軍に引き上げられるのを拒み、手榴弾で自決した方…、森林地帯をさ迷い続け飢えや病気で戦えず死んでいった方…


軍隊の中で、たった一人生き残って今も生きているおじいさんは


もう心から笑った事は一度もない


とはっきり言いました


アメリカはこれ以上、被害や戦争の拡大を避けるために


日本に原爆をおとしました…


なぜ二発なのでしょう。。


それが終わらせるための正義だとはこれっぽっちも思いません。。


もちろん日本も捕虜や植民地に対してひどい扱いをした事は認めなくてはいけません


ある漫画での言葉じゃないですが

"勝者だけが正義"


のまま段々遠い歴史になるのは当然よくないですね。。


別にアメリカを否定するつもりではないですが、


また未来にこういう戦争を起こそうと考える人が現れないように、こういう過去をちゃんと知っておきたいな

と改めて思いました。。



ほんと、祖父ちゃん、そして生きている祖母ちゃんの顔を見れた事に感謝しますありがとう。