今更だけど、インフルエンザで大変です。


テストが一週間ずれ込み、ラッキー!なんて思うかもしれませんが実際は塾自体も生徒に通塾を強制できないという・・・。


今週いっぱいは学校もお休みで生徒によっては家でだらーっとしたり、遊んだり・・・。


全員ではないですけどね。


成績の宜しくない生徒ほどそういうことがありがちでどうしたものかと。


とりあえず、時間のあるときに各戸訪問してプリントを渡したり、来た生徒には宿題を渡したり・・・。




ま、感染しないのが一番なんですけどね!


埼玉にも感染者が出たそうですし、近畿圏に近づいた方はご注意を!

ええと、結局3日ほど空いちゃいました。


おかげ様で(?)何を書いたらいいかわからなくなりました。


あはは・・・。すみません。





とりあえず、なぜ1+1=2なのかということについて。


色々と証明とかはありますが、かなーり長くなるので割愛します。


なので、自分が生徒にした説明だけ。


ちなみに、内容としては何故「1+1=2」なのか、というよりも、どうしてそんなことが定められたのかという点に支店をおいてます。


あと、説明した時の流れを出来るだけ再現するので、文面では少々分かりにくいかもしれません。





どうして『1+1=2』なのか?


結論から言えば、「定義だから」。簡単に言うと「そう決められているから」。


じゃあ「そう決められているから」というけど、なんで覚えないといけないのか?


答えは簡単。他人と意思疎通をスムーズに行うため。


たとえば、平仮名の「あ」。これはなんて読むでしょう?「あ」と読みますよね(文面では伝わりにくいですが)


じゃあ仮に「あ」を「か」と読む人がいたとしましょう。


どうなりますか?意思疎通が出来ないですよね。だから言葉はそれぞれの地域・国で共通のものが使われているんです。


これは数字に関しても、記号に関しても同じ。


モノがひとつある。この状態をモノが「1」個ある。といいますが、「1」は言葉と同じでその状態を表すために定められたってことです。


だから、もしかしたら数字というものが作られたとき、今で言う「1」は「□」とか記号になっていたかもしれない。


同様に「2」「=」というものも違ったものになっていたかもしれません。


そして、「1」がふたつある状態、これを「2」と定めた。


また、ふたつの数を合わせる際に使う記号を「+」と定めた。


だから1+1=2になる。


話がだいぶ逸れてきてるけど、何が言いたいのかというと、学校で勉強する内容というのは「社会に出て周りの人たちとスムーズなコミュニケーションをとるための知識を覚えるところ」ってこと。


極端な話、1+1=2が常識になっている世界で、一人だけ1+1=3になるとか言ってると話が出来ないよね。


分かった?




といった感じで説明しました。


我ながら、変な説明だなぁとおもいます。


ただ、生徒は納得したのか最後にこんなことも言ってました。




「じゃあもしかしたら何処かの星にいる宇宙人は「1+1=3」ということになってるかもしれないし、「△~△。え」と書いて、地球の「1+1=2」を表している、なんてこともあるかもしれないんだよね!?」


「そういうことだね!えらい!」



そんな中学生です。





あとはー、そうそう。何故の連続攻撃の続きですね。


これは先に書いた「そう決められているもの」の意味を考えさせられるんです。


たとえば、平仮名1文字1文字やカタカナはあれですが、漢字や熟語は気付かされるものが多いです。


・・・これは当たり前ですけどね。



何でそうなったのか?


これを考えると、迷宮に入り込むことはしばしば。


ただ、頭を使うことは良いことなので、無駄にはなりません。


色々と発見もありますよ?

講習会が終わっても忙しさは変わらず、むしろ輪をかけてひどくなっていた気がします。



……更新しなかった言い訳ですね。すみません。



今、帰省するためにバスに乗ってるわけですが、車が多いこと多いこと。

ETCを付けようとした先輩が「人数待ちで秋頃まで待たされるらしい」という言葉と、昼頃のニュースで高速道の50kmを越える渋滞というテロップは、あながち間違いではないようですね。

別に疑ってるわけじゃないんですが、経験がないので実感が湧かないんですよね。

話は逸れますが、あの渋滞状況ってどうやって測定してるんでしょう?

高速に入る車の台数と出る台数で出してるんですかね?

知ってる方がいたら教えて欲しいです。



……書いてて思った事があります。



※ここから少々長いです。

分からないからこそ知識を総動員して頭を働かせ、時には答えを導き出したり、はたまた迷宮入りしたり……

思考するという事は非常に大切だなぁと思います。

これが脳を鍛える手っとり早い方法ではないでしょうか?

最近、指導をしながら、

『以前に比べて子供が考えることを拒むようになっているのでは?』

と思います。

『分からない』

そう発言するのは良いことです。ただ、それが必死に考えた末のものなのか、否か。

前者と後者で成績の良し悪しが顕著に、とまではいかなくても目に見える差はあります。

決めつけるつもりはありませんが、あくまで傾向として。



以前にどこかの国語の問題で見た、『何故を問う心』という言葉。

現代の科学の進歩もその心があってこそのものだと書いてありました。

なるほどなぁと共感しつつ、難しいなぁとも思いました。

極端な例えですが、こんな話があります。

どうして1+1=2なのか?

小学生の頃は「1+1=田!」なんてことなんて言ってましたが、それはさておいて。

多分、大抵の人は『そういうものだから』と答えると思います。

でも、ちゃんとした説明はあります。……長くなるので省きますけどね。また気が向いたら書きます。

ちなみに、『そういうもの』とは何でしょう?

常識?

では常識とは?

(辞書的な意味はさておいて)知ってて当たり前のこと?

当たり前とは?何を以て当たり前と言うのか?

……ここまで来てデジャブになった人もいるかもしれません。

子供がよくやりますよね。

絶え間ない、何故の連続攻撃。

なかなか、自身の知識を総動員しても答えられなくなるんですよね。

ただ、面白いもので新たな発見も見つかるんです。

当たり前だと思っていたものだけど、何でそうなるんだろう?という好奇心が生まれるんです。

知識欲といえばいいんですかね?頭の運動になります。理論的な思考力もつきます。

おまけとして、頑張って答えると子供に尊敬されます。大人(年上)ってスゴいんだ!と思わせるわけです。





……まだまだ言いたいことは沢山ありますが長くなりすぎてるのでこの辺りで中断します。


本音を言うと眠いです。ごめんなさい。
起きたら書きます!……多分。

では!