30数年前を
ふと、いやいや
誰かの誕生日と言う単語を耳にするだけでも思い出す。
今では記憶の中のa day!だけど。
それは、娘が誕生する約一ヶ月前
国立大学病院の産婦人科で妊娠から
定期検診を受けていたが
主治医の先生の
あの戦慄の言葉は
今なお焼きついている。
「重度の妊娠中毒です。絶対安静が必要で
即入院してください。」
血圧が急に上がり、尿タンパクが降り
腎機能が低下していて、羊水が体内毒素で
濁り、その中で胎児は成長出来ない環境まであり、母子共に、非常に危険な状態との
報告であった。
今は亡き義理の母には状態の深刻さを
知らさないで、旦那様だけの中に生まれるまで納めておいて下さいと。
約一ヶ月、妻は暗幕の中安静を保ち
私も、当時、非常にきつい仕事の上
病院と家との日々で
本当!心身共にやつれ果てて、当時26才で
結婚太りで64キロだった体重はいつの間にか54キロまで、僅か一ヶ月で激痩せした。
結婚当時のヨーロピアンのスーツも
ゆったり着れる程であった。
やっとの事で恐ろしいその日がやって来た!
分娩、車いすに顔を歪めながらレントゲン室へ
それから、病室で私と義理の母は知らせ待ちで待機。
まだかまだかと24時間経っても知らせがない。
夜も寝ずに祈っていた。
分娩室に入って一日が過ぎた頃
主治医の先生が病室に早足でやって来て
私だけ呼ばれ、先生から妻をとるか子供をとるかと当たり前の回答を聞いてきた。
当然!妻です。
34時間の死闘の末
無事、母子共に健康に生まれた!
幸いにも総合病院だったから
小児科の先生もおり
濁った羊水で脳に菌がはいれば
障害児になる危険性があるので
無菌室で抗生物質の点滴を小さな身体に
何本も打たれていた。
産後、普通分娩ならすぐに抱っこも出来たのに、数日間は無菌室。
しかしながら、奇跡的に体重は2800グラムはあった!
何と生命力のある子だろうと…
私の帰宅はなんと二日目の深夜
3月弥生、まだしんしんと雪が降っていた。
お産は一つ間違えれば命とり
もしも、総合病院でなく、産婦人科でうんでいたらどうなっていたやら?
妊娠中毒は身体に異物が入ったと勘違いして起こるそうな…
妊婦の方、これから頑張る方、本当!命がけだから
思い遣って下さいね。
ふと、いやいや
誰かの誕生日と言う単語を耳にするだけでも思い出す。
今では記憶の中のa day!だけど。
それは、娘が誕生する約一ヶ月前
国立大学病院の産婦人科で妊娠から
定期検診を受けていたが
主治医の先生の
あの戦慄の言葉は
今なお焼きついている。
「重度の妊娠中毒です。絶対安静が必要で
即入院してください。」
血圧が急に上がり、尿タンパクが降り
腎機能が低下していて、羊水が体内毒素で
濁り、その中で胎児は成長出来ない環境まであり、母子共に、非常に危険な状態との
報告であった。
今は亡き義理の母には状態の深刻さを
知らさないで、旦那様だけの中に生まれるまで納めておいて下さいと。
約一ヶ月、妻は暗幕の中安静を保ち
私も、当時、非常にきつい仕事の上
病院と家との日々で
本当!心身共にやつれ果てて、当時26才で
結婚太りで64キロだった体重はいつの間にか54キロまで、僅か一ヶ月で激痩せした。
結婚当時のヨーロピアンのスーツも
ゆったり着れる程であった。
やっとの事で恐ろしいその日がやって来た!
分娩、車いすに顔を歪めながらレントゲン室へ
それから、病室で私と義理の母は知らせ待ちで待機。
まだかまだかと24時間経っても知らせがない。
夜も寝ずに祈っていた。
分娩室に入って一日が過ぎた頃
主治医の先生が病室に早足でやって来て
私だけ呼ばれ、先生から妻をとるか子供をとるかと当たり前の回答を聞いてきた。
当然!妻です。
34時間の死闘の末
無事、母子共に健康に生まれた!
幸いにも総合病院だったから
小児科の先生もおり
濁った羊水で脳に菌がはいれば
障害児になる危険性があるので
無菌室で抗生物質の点滴を小さな身体に
何本も打たれていた。
産後、普通分娩ならすぐに抱っこも出来たのに、数日間は無菌室。
しかしながら、奇跡的に体重は2800グラムはあった!
何と生命力のある子だろうと…
私の帰宅はなんと二日目の深夜
3月弥生、まだしんしんと雪が降っていた。
お産は一つ間違えれば命とり
もしも、総合病院でなく、産婦人科でうんでいたらどうなっていたやら?
妊娠中毒は身体に異物が入ったと勘違いして起こるそうな…
妊婦の方、これから頑張る方、本当!命がけだから
思い遣って下さいね。