ある場所に「呼ばれている」という感覚 | ~幸せのオキテはVivaわたし♪ ~美的クオリティライフのススメ~

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アメリカのテキサス州ダラス発 NLPライフコーチ&占星術家
確かな自分軸、それは~Vivaわたし~のメンタリティ、を持ち、人生を自分主導で豊かに楽しむための在り方や美学を提案します。
一日一回うっとりモーメント推奨✨

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それは衝動的な感じなのだけど、

そこまで烈しいものでもない。

 

 

自分から積極的に行きたい、

というものともあきらかに類が違う。

 

 

ふらふらと突き動かされているような、

それだけど行かないといけないとなぜか思わせるような、

そんな不思議な感覚です。

 

 

私は宇宙からのメッセージは、

ビジョンや音によって受け取るのではなく、

第三の目によって伝わるので、

この「呼ばれてる」感覚も、肉体がセンサーできる五感の範疇ではないから、

本当に同じタイプの人意外には伝わりにくい。

 

 

「呼ばれている」感覚を頼りに訪れた先で、

必ず運が好転している。

 

 

呼ばれることは、

若い時は「軌道修正」の役割をしていたのだろう。

年齢が増した今では「自分を癒す」役割。

 

 

呼ばれるがままに任せて訪れた土地をあとからよく調べてみたら、

共通するメッセージや守っている神様がいたり、

 

 

お伊勢参りに行った時に、途中でふといてもたってもいられず訪れた小さな神社から、

必要だったご加護をいただいたり、

 

 

(今思い出して、お礼をしに行かなくては、とふと思った。)

 

 

 

 

そのたびに私は、一人で生きているわけではないのだと思い知らされる。

こうやってこの世に生を受け、生きているということが、

何よりも大いなるものからの愛を受けていることだと、

思わずにはいられないのである。