昨日、GIRLSBLOGという新しいブログがアメブロ内にできた。


デザインがかわいいし、人目で気に入り、新しいブログを


たててしまった。


最近ブログが楽しくなってきた。


仕事に結びつける為の研究からはじめたつもりが、


結構個人的な意味ではまっています。


昨日、GIRLSBLOGという新しいブログがアメブロ内にできた。


デザインがかわいいし、人目で気に入り、新しいブログを


たててしまった。


最近ブログが楽しくなってきた。


仕事に結びつける為の研究からはじめたつもりが、


結構個人的な意味ではまっています。


子供ができるまでは、やっぱり最大の関心事は

自分のことで、人はもっとよくなりたいから生きているんだと

思うんだけど(ちがうかな。。。)、そう思うと、

まず自分の成長とか自分の周りの成長とか成功とか

上向きなことを望むんだと思います。

だから、今はやはりなんらかの仕事をしていることがとても

楽しくて、1つでも何か学ぶことのあることを続けているのが

とても幸せに感じる。

ここ数ヶ月の、自分の日記を振り返ると、プライベートなこと

について書いているよりも、仕事に触れていることのほうが

楽しそうに書いている感じがする。

でも、きっと結婚とかして、家族ができたりすると、

自分は応援するほうに回ったりするのかなと

思うけど、それはそれでいいかなと思う。


すきでもない仕事に対して、仕事人間=オーバーワークしてしまうのは

大反対だけど、好きなこと仕事にしてて、それをすごく頑張ると

とても素敵な人にもなれる気がする。


今日の、ニュースでもでていた、将棋のプロになった

瀬川棋士もインタビューで「なぜ年収が落ちるかもしれない可能性が

あるのに、今の安定生活をすてて将棋のプロになるのか」という質問に、

『やっぱり好きなことを仕事にするって幸せだなあと思えたからです』

といっていました。

私も同じです。以前は、ずっとイヤイヤやっていた仕事があったのですが、

人に言われてやっていた時は、ぜんぜん成果も出せなければ、

ストレスたまってブスになっていく自分の姿をみることにさえ

嫌悪感を感じていましたが、今は、髪がぼさぼさになってしまった

自分の姿が窓越しに見えても、頑張れ自分っ!、って思うくらいで

「好きでやっている」っていうのがあるから、

周りにもいやな言葉も言わないし、自分も向上心をもっと持てるし、

とても好循環な気がします。



先週は、映画続きの週でした。リチャード・ギアとジュリエット・ビノシュが出演している「綴り字のシーズン」の試写会と、スピルバーグ監督 チャン・ツィー主演の「SAYURI」の試写会へ行った。

「綴り字のシーズン」 は、とても神秘的なシーンが多く監督自身が、精神的に煮詰まって幻覚をみているのでは、あるいは瞑想にはまってシャーマニズムにいたってしまったのではないかと思う程視覚的に想像的で妄想的で不思議な刺激のある、シーンが多かった。また、主人公である純粋無垢な少女に神さまと対話させる能力を与えたりし、本来ならヒトが生まれながらにだれもがもっている素直な感情や表現をその子を通じて伝えていた。
全体を通じて感じたのは、現代人すべてに通ずる心の虚しさや孤独感みたいもの。そう感じたのは、私だけかしら。
それから、言葉には言霊というように、人を動かす力があるということ。
よく、「いった言わない」でもめ事がでてくるように、自分が発した言葉は、一人歩きもするし、人を感動させもするし、人を傷つけもするし、世の中を動かす力がある。しかも、それは想像以上にあると思う。
それは芸術そのものでもあるかも知れない。
言葉で人を動かすセールスマンは、相手の脳みその中に入り込みアートを描いたり、物語をイメージ化させることができる“魔法使い”ならぬ、“言葉使い(←「使い」は名詞)”ではなだうろうか。
言語とは、誰もが自由に使える当たり前の道具だと思ってしまうことが多いが、とても危険で、力のあるものだと思う。

英語権の勢力が強い理由は、公用語で使われているエリアが大きいからでしたね。
今回のチャン・ツィー他キャストが英語で演ずる「SAYURI」では、映像やストーリーのよさは感じたものの、日本人や日本人女性の美しさを、全然表現しきれていなくて、リアリティにかけていた。

運命は、自分で切り開くものであると同時に、自分は運勢とかバイオリズムとか波長というものに乗っかって生きているということをつくづく感じさせられる。そして、その運気にのっている自分の船の舵取りができるのだということが分かった。

私は、占いを信じる派でも信じない派でもないが。自分の心持ちしだいで、いい潮の流れを、つくることができる、あるいは、呼び寄せることが不思議とできてしまうものなのだと気がついてきた。
最近、この不思議な感覚はなんなんだろうと思っているのだが、しばらく、自分の運気の流れ方について様子をみて研究してみよう。あなたのおかしい人だと思われそうだけど、最近自分のなかで何かがかわってきて、潜在意識に対しポジティヴに働きかけるとものごとがうまくいったり、トラブっていることが解決したりするがする。
ポジティヴになれない時はどうしたってなれないけど、前向きであると自分の日頃の運まで変わるなら、できるだけ前向きでいたいと思う。こんな風に、客観的に自分をみられるようになったのは、歳をとったせいだと思う。
女性の旬は二十歳やそこらと言われて、毎年歳を経るごとにストレスを感じざるをえないこれまででしたし、失うものが多いのが女性というものなのかと思っていたけれど、こうやって毎日小さな成長ができるものだということに喜びを感じる日々であります。
最近コメントを書いていただいた方の中に、「モガク女性はみていておもしろい」だとか「いい」だとか書いてくださったのをみて、笑ってしまいました。
やはり、もがいてますよね。笑。
だって、自分が何のために生まれてきて、生きていた証に何か形に残ることをしたいんですよね。
たった一度の人生なのだから。

だって、あなたは、あと何回桜が咲いているのをみられますか。何回お正月を過ごしますか。
意外に少なくないですか?

人間はみんな必ず何か1つ自分にしかない才能をもって


生まれてくるのだよ、と高校生のころの大好きな先生が


言っていたのを思い出す。


それ以来、ずっと、何かがあると、その言葉を思い出し


自分の良いところをみつけようとしたり、


世の中の何の役割として生まれてきたのだろうかと


考えてみたりする習慣がついた。


10代のころは、自分とは何なんだろうということを


煮詰めて考えすぎて、頭をかきむしりたい気持ちに


なったこともあるけど、今は、「自分のこの世の中によけるミッションとは何だ?」


と考えることが楽しくなってきた。



悩んでいたころは、「自分とは・・・自分とは・・・」と鏡の自分しか


見えていないで、そのなぞを解こうとしていたけど、


実は、周りがあっての自分なのだから、自分がおかれている環境の


中で、どう人と関わりながら、他者のために貢献できるかということを


考えていると、自然と、「こういうことだったんだ」ということが


見えてくる。女性は、ものごとを論理的にとか、俯瞰して全体を見ることが


できない性質を持っていると聞いていたので、


その訓練は意識的にするようにしていたが、


全体を見ようとすると、そして、他人や周りを見ようとするほど、


自分が見えてきて、CLUEが出てくる。


しまいには、それが生きがいになっていたりもする。



私は、昔、自分の生きる道を見つけなきゃ!と


いつも、自分のことばかり見ていたけど、そうするととても


行き詰まる。少し他人のことを思うようになると、


こんなにいろんなことがシンプルで楽しくて、


更に自分が好きなことが発見できるんだということが


分かる。


自分の好きなことを探そう、といわれて育ってきたYジェネレーションの


私たちだけれど、実は、自分は他人に何ができるだろうという


視点で考えることが、とても大切なんだなと、痛感している。


アイデンティティの確立、自分探しをしようとさまよっていたけど、


それは、一人ではできないのだなと思った。



みんなあっての自分なんだなと思うし、


いまだに信じているのは、自分には生まれながらにして


ミッションがあって、それをみつけて達成しようとして生きているんだ


ということを。

私が、向上心というか、野心というか、

とにかく生きている上でとても意欲が強いので、

10代のころから、「一流」という言葉にあこがれてきた。

今もそうである。

そして、気高いブランド(自分がよいと思う特定のものに限るが)が

好きなのも、その一流感がとても気持ちをよくしてくれる

からである。

高級品が好きなのではなく、「一流品」が好きなのです。

高ければいいのではなく「一流」がすきなのです。


大学を卒業してから一時期、海外の一流ブランドに接する仕事を

経験したことがあるが、世界的なブランドが持つ、

ただならぬずっしりとした重みをいつも気持ちよいと感じた。


一流とは、私はまだひとことではいえない

(言えるという方は教えて頂きたいです)ですが、

感覚で分かるものではあると思う。

聖域に達したような感覚というのでしょうか。

なにか、特別な崇高な感覚がある。


そして、昔大学生のころ、一流の腕を持っているといわれている

CM(映像)監督さんに言われたのが、

「一流になるには、自分が一流じゃなくてもいいから、

一流が集まる場に足を運び、それに染まっていくことだよ。

そういう人の中にいると、自分も変わってくるから」

ということだった。


確かに、何を努力するっていうよりも、

一流の方は、生き様とか、考え方とか、食事の仕方とか

ちょっとした会話とか、気持ちの持ち方だったり、

言葉のかけ方だったり、細部にわたるところまで

何かが違うので、その環境でたくさん吸収するのが

早道なのだと思った。


私は、今も、まだまだ実践中である。


ポジティヴ思考ができるようになると、


トラブルさえ楽しく取り組めるようになる。


ピンチの時だって、これは自分を成長させるチャンスだとか、


トラブルの相手とのリレーションをもう一歩強いものにする


ためのものだとか、とにかく


なんでも、意味のあるものに見えてくる。


だから、最近、辛いと思うことが全くない。


障害の連続は、チャンスの連続。


それは、チャレンジャーの私にとってはわくわくする。

今、やりたいことがたくさんある。


よく 「イメージができたことは実現できる」というが本当に


そんな気がする。


さらに、イメージできたことを言葉にして、気持ちや意志とともに


人に伝えていくと、それが本当にいろんなバリエーション、


シチュエーションの中で広がっていく感じがする。


自分の中の潜在意識の中に強くすりこまれると同時に


それを伝えた相手の頭の中にまで、すりこまれていき、


みんなの頭の中に存在するようになって、


ますます、実現しやすくなる。


アイディアは、自分の中にためておくものではなく、


いろんな人に話すことによって、膨らんだり、


いろんな意見がかえってくることで、より強化されていく


感じがする。


これからは、もっとやりたいことを人に伝えようと


すごく思った。


仕事、プライベートなんでもかんでも。

yahoo!beautyの企画に参加して以来の今のところ一番楽しかったのが、


先週日曜日のGIVENCHYのパーティメイク企画。


あ、せっかくだから写真でもとって、お見せできるようにしておけばよかった。


その日から少しずつ、お顔もっときれいにしないとな。


って思うようになりました。


オトコの中で仕事していくために、どういうスタイルや自分のイメージをつくって


いくか、結構気にしていて、「かわいい」って言われるために会社にきている


なんて、思われたくないっていうのがすごく強くて、


男性の中にまじってうまくやっていくために


モノクロの服や、パンツスタイルが多かったけど、


小物くらい女性らしくしてもいいのかなと悩み中。


こうやって、選択に迷っていること自体で、女々しいかもしれないけど、


仕事は仕事でちゃんと認めてもらえるようになることが一番の目標で


そのために仕事にでているのだから、それ以外のことを


考えながら会社にはいきたくないのだよね。。。


それ以前は、見た目にはある程度気をつかって、


見られることにストレスを感じていたから、今がとても快適なのだけど、


20代のいい時だから、ドレッシーにそしてセクシーにも装ったりしないと


もったいないのかなとも思う。


何よりも、やることやっていればいいと思うのだが。


自分のスタイル作りと、人からどう見られたいかというイメージつくりに


迷う今日この頃。


なぜなら、私は衣装ひとつで、人の印象ってすごく左右するものだって


よーく実感しているから。


眉毛一本かくのにも考える。


誠実に見える眉と、気取っている眉の書き方は違って、


私は、それによってぜんぜんキャラが違って見えるから。


でも、人に信頼される見た目をつくるのって結構大変ですよね。


見た目気にしすぎ?