いろいろあると思うので、今回はあたり前のことから。


やっぱり、絶世の美女でだれもが100点をあげる人というのは、


ミスコンなんか受けたりしない。


その前に誰かが目をつけているはず。


もしくは、そんな美の競争には興味がないかもしれない。


だから、出場者は個性で勝負という部分が強い。と私は思う。


「いい男はマーケティングでみつかる」(アボカド・アッシュ) といった


本が去年くらいに出ていたけれど、あれと同じで、


まずは、リサーチ。自分自身と、その個性を受け入れてくれる


マーケットがあるかどうか。そして、そこにどうアプローチしたら


いいか、よく考える。


最初は失敗するけど、だんだん主催者の好みがわかってくるので、


自分の持ち味を好まないと分かっているところを受けて落ちても


あまり落ち込まないですむ。

人生は、一度限りだから野心を燃えつくして、後悔しない人生を生きたいと思う。
《後悔しない人生。力強く突き進む》これがわたしのモットーだった。
だから、ミスコンやイメージガールでの経験は、貴重なもので、エキサイティングなもの。
だけど、私は、男の子のような性格だから、余計に おんな の部分で自分を売っていくのが
辛かった。かわいがられるのが下手だった。

これは、ミスコンとかを否定しているのではない。
若さとか美しさとかで、人に幸せを分け与えることができるのであれば、
ぜひ、積極的にやるべきと、私は考えている方だが、
ただ、私の場合は、本当にどうも性格に合わなかった。

私が、感じたことは、
結局、若い時に、自分の最大の“売り”が 外見だと、その後の人生も外見だけを
見られてしまうし、自分の友人もちょっとした知人も、
「あの子は、外見をほめればいいのね」という潜入感をもたせてしまうことも多く、
結局、自分を正しくアピールしていかなければ、小さなことでも誤解されることが
多くなっていったことは確かである。
なぜミスコンに挑戦したの?
と聞かれれば、私の野心は、こういうものだった:

「小さな分野でもいいから、ちょっとでも名が知られるようになりたい。
いつか人に名前を知られるようになったら、自分の会社をつくって
自分のブランドをつくりたい。」

「ミスコンにでておけば、ちょっと珍しがってもらえる経歴ができる。
有名企業に就職できるのもいいけど、その肩書きは、何百万人が
もっているものだし。珍しいのは、やっぱりミスコンかな。」

でも、実は、一番のきっかけとなったのは 
ーーーーーー『恋』ーーーーーーー
でした。

今思えば、あの時ほど初々しくて、女の子らしい自分はなかったのでは
ないかと振り返る程、胸をときめかせていた男の人がいたであります。
彼は、ちょっとはにかんだ感じが、ブラビっぽくて、口角があがっていて、
穏やかな性格だから、友達との間では「イルカ」とよんでました。
だって、見ているだけで、心がほっとするというか、
母性本能をくすぐる感じだったのです。
その時、はじめて、恋をすると、ちょっと病気みたいになっちゃうんだ、
と知りました。

その人は、私がはじめてイベントコンパニオンのアルバイトをはじめた
大学一年生の時のADをやっていて、ADの職業柄上、女の子の身の回りを
せっせと片づけてくれる、心強いジェントルマンに見えたのです。

実は、彼は、双子ちゃんの弟で、お兄さんとそっくりの顔だったのだけど、私は、
しっかり者の弟の方が好きでした。
それで、お兄さんの方と付き合っていたような感じの女の人がいたのだけど、
その女の人は、その双子ちゃんの幼なじみで、いつも仲良くしていて、
目立った、女の人だったのです。
テレビや雑誌などレポーターやミスコンとして活動しているモデルの
そのお姉様を見て、彼女よりも自分の方を見てもらいたくて、刺激されて、
ミスコンのオーディションを受け、その道を歩み始めたのでした。

その女の人は、すぐその後、25歳くらいでモデル事務所を立ち上げ、
どういうわけか、ライバル意識をもっていたはずの私も、
のせられて、そこにちょっとだけ所属しました。

その大好きな人とは、結局一年くらい、映画を見に行ったり、ちょっと食事をしてみたり、
長電話をしたり、と仲良く過ごしていたのだけど、
手に触れることもなく、イベントのアルバイトをやめたと同時にフェードアウトしちゃいました。
というより、その時には長く付き合っている彼女がいたみたいで、
付き合ったり、離れたりを繰り返しているし、

ひょっとして、私に優しくしてくるだけで、別に私のことより
大事にしている人がいるんだろうな。。。
ととても寂しくなって、自分からフェードアウトしちゃいました。
彼は、今頃どう思ってるんだろうな。。。

あまりにも、恋していたので、今でも大切な思い出のある人だし、
私の人生の大きなきっかけをつくった人でした。
目指すは、いつまでも艶やかな~トウキョー・ビューティジェンヌ~
■未来プロフィール■
   20代・・・立派な社会人♪
   30代・・・ ①広告代理店営業 として100%がんばりつつ
                 ②サロン“美”ジネス TOKYO LUXE主宰
                 ③趣味としてはJACKASSのような映像作家・VJ。アーティストPV、作品集つくりたい
                 ④映像ブロガーになって効果的なCGMをつくりたい。
                            →誰か動画ブログサービスについて教えて♪
                 ⑤『カリスマ素人』サイト運営、『JAPAN ISLAND』海外向けサイト運営
   40代・・・ドキュメンタリー作家 テーマ "Women's life in Tokyo”
               チャリティパーティ”FLAMINGO”主宰
   50代・・・ビジネスセレブ・ファーストレディ専門の国際的インタビュア
60代・・・未成年の子供の心のケア・治療を目的にするとともに、
                日本の新しい文化の創造を促進し世界に発信するアート・ハウス財団 ”TRINITY”設立 

夢や目標はエベレスト級だが、普段はなまけもの。趣味は妄想(笑)。
■現在プロフィール■
・現在27歳
・帰国子女(USA,EU)
・大学時代から、モデル、レポーター
・1997年 ミスアジアパシフィック準ミス日本代表 (最年少受賞) 
・1999年 ミス箱根 
・99-00 海外レポーター 
・2000年 ミス日本関東地区代表入賞
・2000年 百貨店入社 (01年退社)
・01-03 モデル・レポーター
・2003年 日本パラオ国際友好親善大使
・2004年 一円会社を設立登記。 
・Design Communication 人材派遣会社立ち上げ 参加
・kuskus international ランジェリー・インテリア雑貨 輸入販売会社 設立
・2005年 20代前半調子に乗りすぎて、公私ともに破綻。人生の底辺を見る・・・涙 
・2005年 広告代理店勤務 スタート
              気持ちは、、、
              社会人1年目 ”初心に戻り一から”
              女性としては”自分の正直な気持ち大切に” ”1人のブランドになろう”
              人間としては ”自分の使命、アイデンティティを見直そう”
・2007年 気持ち新たに! 慎重にだが、小さな1歩を、笑顔と勇気で出して踏みだしてみよう☆
・その他の活動【アーティスト・インタビュー、サヴォン&キャンドル コレクター、ランジェリー・セラピスト、Yahoo!ビューティのBe!Surferとして05-06年活動、読者モデル( 03~CLASSY.,05~GLAMOUROUS)】