亡くなってしまった人は同世代であり、この先も刺激し合って励まし合ったりもして、互いが互いの土俵で幸せになるんだと思ってた。
悲しみとやるせない怒りを…私は、丸1日塞ぐ事で次に引き摺らないと決めた。
何ぼ、振り返ろうが
結果は変わらず
ただ、当人が居ないという事実しかない
良い事
悪い事
共に過ごした日々で得たもの
一通りの思い出を廻る。
丸1日、枯れない涙
何故、消えなきゃなからなかったのかは、当人にしか分かり得ない。。。
無言で消すのは、酷い。
狡い。
死についても語ってきた。
危うさは有った。
だが、しないだろうとも思えた。
絶対そうゆうタイプじゃないと言われるタイプだからだ。
私にも、過去に死にたいと思った事が三度ある。
死ぬ気になれば、何でも出来るさ。
今は、これからも、自らを絶つ様な事はしない。
だから、笑って話せる。だが、忘れはしない。
大切な人を、悲しませる様な事は絶対にしてはいけない。
私は、自分に何かあれば心配してくれる人が居るから、心配掛けなくてもいい様にと気をつける。
だって大切な人が苦しんでたら、代わってあげたいと思いませんか?
何も出来ない自分が辛くないですか?
心配する側も辛い。
自分を大切に出来ない者は、他人を大切に出来ない。
というのは持論です。
よく、~の為に。と言う者が居るが、偽善的で正直嫌いだ。
それは、私が他人が喜んだ顔が見たいからするだけで、それすら自分の為だと捉えるからだろうか。
~の為にと、良かれ事が迷惑にもなるだろう。
押し付けがましく、自己陶酔をしたいタイプは、逆ギレするからなぁ

しかし、自分を省みる事をせず一心不乱になって、他人を救ってあげなくてはという人も、沢山存在するだろう。。。
この人は、そういう人だった。
自分事は疎かにするのだ。
私は、それに随分イライラさせられたもので、人の良さをつけ込む者もいるワケだし。
もっと己を労れよ、と。
育った境遇も似ていたのもあって、傷をなめ合うワケでは無いが、笑いながら共感などして話せ、悲しい事は引き継がない努力は、我々の課題でもあると話してもいた。
なのに
負のスパイラルに飲まれてしまった。
残念でならない。。。
私は生きるより死ぬ方が楽だ。
と思うが、果たしてそうか…は、死後を知らないから、やはりどうなんだろうかと思う。。。
楽であればいい。
頑張っていた。
苦しんでいた。
考える事から解放されたのであれば、それだけで救いだ…
私は、許せない思いはあるけれど…
どうか、苦しみが無き様にと願っている。。。
もう、逢えないだろう。
逢えたら嬉しいとは思うが、逢えないだろうな…
そう思う。
私は
これからも、引き続き
幸せのスパイラルを、築く努力をするだけである