もう夕方ですね🌞
挨拶はなんなんでしょう。
昨日は私の初投稿のブログを読んでくださり
ありがとうございました。
朝起きて、
共感してくれた方が多くいてとても嬉しかったです。
本当に。
やっぱり発信してよかったな、と。
話したい話がたくさんあるので
これからも見てくれると嬉しいです。
あと、メッセージをわざわざ送ってくれることが
とても嬉しいです。
長くてごめんって
夜遅くにごめんって
メッセージをくれる人
全っ然いいですもうほんと好きですそんな人。
気持ちが溢れる気持ちわかります。
私もそんな人です。
そうやって話したかったんです。
気持ちの中に愛がいますね。
こちら先日の石を並べてみたものです。ご覧ください。
では私の名前の由来を教えますね。
我々はピットクルー♪レーサーはゴーギャン♪
by心の井上涼さん
ゴーギャン作
【我々はどこから来たのか我々は何者か我々はどこへ行くのか】
仏: D'où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?
こちらの絵を見たことはありますか?
私はこの絵が好き。
タイトルが。
それからフランス語のタイトルに入ってる単語
nous(ぬー)
意味は“我々”
ぬーて笑
可愛いからこれにしよって感じです。
味噌汁の方は、私の好きな単語です。
そこに愛はいるの?
いるよ。
好きな言葉だからいれたんだ。
愛が入ってる。
よろしくね。
さて
今日のテーマは“愛”です
壮大ですね
私が“愛”を見つけた話
愛ってなんだよ。編
Q.愛とは
愛ってなんだろうなー。
そんな重そうなもの私には持てないなぁ。
私は愛を与えられるほど
人を大切にできないからな。
あはは。
最近が特にそうだった。
マッチングアプリをやって出会いを求めては
すぐに冷めるを繰り返す。
愛ってなんだよもう。
結局理由は寂しいに落ち着くのだが、
これを解決する為には
その“寂しさ”の元凶を探す必要がある。
私が求める“愛”とは何か、考えた。
A.愛とは
私はもうこの答えは見つけてる。
言うことは簡単だけど、
答えはそれぞれハマる瞬間があると思う。
だから1人の意見として聞いて欲しい。
結論から言うと、
わたしが求め続けた愛は
どんな私でも、
いてくれるだけでいいと言ってくれる
肯定的な存在。
私が存在しているだけでいいと言ってくれる人。
私が部屋を片付けるのが苦手だと言っても
時間にルーズだと分かっても怒らない人。
そう、怒らない人。
怒らない人は、私に期待をしない人。
それは誰なんだろうね
私は無意識のうちに期待に応える事が
相手に認められる行動だと思い込んでいた。
親や先生に褒められたくて
社会に認められたくて
異性に好きになって欲しくて
期待に応えて
毎日ふと寂しくなる時があるような
そんな人になっていたんじゃないか
無条件に甘えたかった。
私を好きだと言ってくれる人なら
思いっきり甘えて
何もかも許されて
受け入れてくれるって思った。
それを恋愛に持ち込んだ。
こんな奴が恋愛をしたらどうなるか
最初に書いた通り、
大切にできるわけがない。
相手を傷つけて
振り回して
終わり。
私は愛されたいだけだった。
救えないなぁ。
救いたいなぁ。
私しか救えないのになぁ。
私が1番愛を求めてるのになぁ。
理想の自分を作り上げて
理想の自分じゃなかった時は嫌いになった。
誰よりも自分に期待してた。
嫌いになりたくないからね。
でも全部が好きってなるには
虫がいい気がするんだよね。
あはは。
自分の限界や欠点を見ることは辛い。
今まで保ってきた自分を壊すことになる。
見失いそうになる。
誰かにすがりたい。
1人ではできない。
そう、1人ではできない。
私は今まで1人で生きてきたのか?
私が私に期待する理由は、
私が私に失望する理由を作ったのは、
私1人なのか。
違う
周りだ。
周りのせいにしていいんだ。
私は私のままでよかったのに
私がそう気づく前に
気を遣わざるを得ない環境にいたことを
気づいていなかっただけだ。
私は私の生まれ持った性質を
否定されたことが、悲しかったんだ。
そしていつまでも、
自分で鎖に繋がれたままにしてたんだ。
こんな話がある。
サーカスに来た仔象は鎖に繋がれて、
逃げようとするとムチで罰を与えられた。
大人になった象はもう鎖を引きちぎれるほどの力が
あるのに、その場から逃げなかった。
自分にその力はないと思い込んでいたから。
小さい頃の鎖に私は繋がっていた。
その頃は誰にも抗えない子供だったこと。
今の私は貴方は悪くないよと言ってあげられること。
今大人になって、私は自由で、
そうやって伝えられる力があって、
私以外にも私を理解してくれる人がいること。
それに気づいた日が分岐点だとしたら。
これがきっかけになって
もっと主観的に生きていいと
自分で自分を許せる。
私は悪くなかったと言ってあげられる。
それができた日は特別な日だ。
私はいつか気づく日が来る。
脳はずっと生まれた日から変わっていなくて
心は今日の為にこんな疑問がたくさん出てくるように期待に応えようと無理をしたり本心を話せなくて悲しんだりして準備していて。
そしてついに私が私を知る日が来た。
全て私が私として生きることを証明する為に
仕組んだことだ。
そしてそれを分かってくれる人が、
そばにいるように仕向けてくれたんだ。
なんて素敵な日だ。
記念日にしてもいい。
その日だけじゃなくて、
その過程全てを記念日にしたい!
よく頑張った。
私。
私が寂しいって思うことも私が外に発信しようとする原動力じゃないか。
私は私の生き方を本当によく知っていた。
いずれそうなるなら身を任せよう。
自分をそのままでいいことにしよう。
私が私を肯定することが愛じゃないか。
私の書いたことをもう一度読み返して欲しい。
長いけど、“愛”を“私”にして欲しい。
どうだろうか。
分かってもらえただろうか。
愛を求めてたのは愛を知らないから。
自分自身を知らないから。
気づけた。
嬉しいな。
この感動ををもっと誰かに伝えたい。
私は私をもっと好きになれる。
私を、愛を知れる。
愛を知れたら、誰かにあげたくなる。
愛を知ったら、与えられるようになる。
そしたら次のステップにいける。
私は言葉で伝えることが苦手だから
文にした。
自分の整理にも繋がると思う。
もっと知りたい。
私はブログを利用して
自分はこういう人間だって
書いて
肯定していきたい。
私がいる現在地にピンを立てて歩こう。
見失わないように。
今まで通りでいいかもしれない。
苦しい期間があるかもしれない。
それでも最終的に自分らしく生きられるように。
我々はどこからきたのか
我々は何者か
我々はどこへ向かうのか
byゴーギャン
私の好きな絵の意味を私は知る。
私を知る旅へ。

