要望書
こんばんは。みそら♪です。
ここでは、あまりオープンに出来ないので、
書ける事だけを書きますね。
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以前から、弱者に弱い世の中だなぁって思っている私。
って事で、学校の要望は担任の先生や、校長先生に
要望して、叶えていただける事は叶えていただいてきました。
でも、今回は、市の事です。
そらの通う学校には学童がありません。
なので、学童をやっている学校まで行こうと思うと
歩いてはいけないので、なにかしらの交通手段が
必要となるわけなのですが、その交通手段も
今の所ない状態Σ(゚д゚;)
私のところも、この4月から学童に了承されればだけど、
そらを利用させていただこうかと思って居ます。
理由は、みれの学校のスクールバスの時間と
重なるから仕方がないのです。
福祉サービスを利用するにも毎日は難しいのが
現状だし、正直お金だって沢山かかるしなんとか
したいと思ったのです。
と言う事で、幸いな事に、私には身近に市議会議員を
やっておられる方が居ます。
ものすごく目上の方で恐れ多かったのですが、
思い切って、この学童の問題も含め
要望書を出してみました。
で、この議員さんからすぐに電話があり
「一議員ではなんともならなくて、難しい問題なので
他の議員さんともお話します」というような感じの
答えを頂きました。
で、今日、話しかけられて、まずは私とお話を
する事になりました。
すごく目上の方なので、緊張しますが、
少しでも、子ども達の未来が明るくなるように
話し合いたいと思います。
まだ、いつ話すか決まって居ませんが、
とても、緊張しているみそら♪なのでした。
口癖みたいなものなんだけど・・・・。
こんばんは。みそら♪です。
ここのところずっとなのですが、そらはすぐに人に向かって
「お母さん死んでまえ」とか「お母さんあっちいって」などなど
すぐに言います。けどね、この言葉に過剰に反応して怒ってしまうと、
自分は凄い事を言っていると思うらしく、余計に言うんですよね。
死んでまえって言う = お母さんが怒る (自分に集中してくれる)
みたいになっていて、反応すればするほど余計に言ったりするので、
反応しないように心がけています。
そう、反応した時点で、その人は、そらにとって良い遊び相手に
なってしまうのです。
だけど、それが、私に対してだったりすると無反応でいられるのですが、
他人に言ったりするとさすがに怒らずにはいられないので、
怒りますがどうしたものか悩んでいます。
学校では、職員室に向かって今日は給食食べないからね~とかって
真剣に言っていたりして、真剣に「どうしたんや?」と心配してくれる
先生もいるけど、それもそらにとっては良い遊び相手になってしまいます。
家では、頻繁に、「死んでまえ」が出てくるのですが、主人なんかは、
ものすごく怒って注意します。それが正しいんだけど、
その、怒られてるときは、「もう言いません」って反省するけれど、
主人がいなくなると、すぐに「死んでまえ」って出ます。
人が死ぬって事の意味はわかっていないと思います。
本当に、その人に死んで欲しいって思って言ってるわけでは
なくて、それをいうとこちらが過剰に反応するから、
それが面白くて言うんですよね。
事情判った人ならまだいいけど、知らない人が聞いたら怒ってしまうよね。
それが、困ったって思ってるんですよね。
これじゃなくても、朝起すときも、
私が起こす = そらはごねる なので、言えば言うほどごねるので、
こちらは、自然に起きてくるまである程度放っておいて、時々
声かける程度にしてます。
なんか、すごく難しいです。
注意すればするほどしてほしくないことをする。
今の悩みのタネです。
本当は、無反応で居ないといけないんだろうけど、
そうはしてられないのが現実。
なんか、ちょっと参ってるみそら♪なのでした。
いのちの学習
おはようございます。みそら♪です。
2月1日はそらの学校で授業参観がありました。
内容は学年によって違うけど、そらは、いのちの学習を
しましたよ。
学習のねらいは
自分の誕生が、両親・家族の大きな祝福を受けた事を知り
命を大切にする心情を養う というものです。
その授業の中で、お母さんからの手紙もあるので、
私も、内容にそって書きました。
内容
・妊娠中に注意していたことや苦労したこと、元気な赤ちゃんを
産むために心がけていたこと
・妊娠中に感じた赤ちゃんとのつながりやお腹の中の様子。(胎動など)
・赤ちゃんが産まれた時の感動
・お父さん、お母さん、家族のみんなが赤ちゃんの誕生を心待ちにし、
祝福してくれた事
・名前の由来
などなどです。
なんか、いざ書くとなると照れますね![]()
で、参観の日は、先生が持ってこられた赤ちゃんの誕生の本を
みて、産まれ立ての赤ちゃんの写真を何枚もみたり
私が持ってきた写真などをみながら、自分がどんな風に
産まれてきたのかを勉強しました。
本の写真はリアルで、へその尾なども写っていましたが、
これは、お母さんから栄養を貰うためにあったんだよとか
色々と勉強して、そらは写真をずっと無言でみていたけど、
何か感じてくれるものがあったかな?
でも、家に帰ってから自分が赤ちゃんだった頃のDVDを
みたがったりしていたので、きっと何か感じてくれたんだと
思います。
こういう内容って(性教育)、家で教えようと思うと
ついいやらしい事思ってしまったり、照れたりして
どう教えて良いのかわからないから、裂けがちだけど、
子どもの将来の事も考えてきちんと教えるべきなんだろうなって
感じた日でもあったし、私自身も手紙読みながら、
改めて、そらが産まれてきたときの感動を振り返ることが
出来ましたし、また、この子ども達が産まれてくれた
おかげで、障害の事など勉強したし、この子達のおかげで
色々な事を知ることが出来たって思える日でもありました。
今は、知的障害のある人のための性教育の本も
売って居ますね。
そういう本を、購入して勉強しようかな?とも
ちょっと思った日でもありましたよ。
今回の、参観の内容は、子どもだけでなく私も良い勉強に
なったと思った日でもありました。
