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私は27年間、根拠なき自信に支えられて生きてきた。
自分を好きだと言い切る力、自分が何かトンチンカンな事をしても「まぁ私だしね」と笑い飛ばせる力があった。
思ったようにモテなくて良いし、多少摩擦があっても無理しない程度に人と付き合い、気の合う友人に囲まれていればそれで十分だった。
そんな私に転機が訪れたのは、昨年の転職だった。
27にしてはじめて入った大きな企業に戸惑った。
大人数の同期
会社の風潮
飲み会の決まり
それに伴う礼儀
正直全てが疎ましい。
はじめから大きな企業に勤めていた人にとっては普通なのかも知れないが、少人数のベンチャーでしかやって来なかった私には
縦のつながり横のつながり
誰と親しくすると良くて、どのグループと付き合うと嫌な思いをするのか
女子の派閥
男子の派閥
さして親しくなれそうもない人々と共有を強いられる雰囲気
「同期で親しい人はいるの?」と聞かれること
何で親しくしなくちゃならないんだ、ココは仕事場ではないのか…?
何でも話せる同期??
仕事の人と何でも話す訳がないじゃないか
「相談できる相手はいるの?」
だから何故わざわざ厄介ごとを仕事場に持ち込むようなことをしなくてはならないのだ。
それなりに愛想を振りまいていても、馴染まない者にはみんな敏感だ。
適度に付き合うから余計に引っ張り込みたくなるのだろうと分かっていても、断ち切ることも仕事上良くないし、馴れ合うほどに心は開けていない。
私の対人関係のキャパはそんなに広くないのだ。
そんな時、大企業と言われる会社で働いている1人の友人に相談を持ちかけた。
この人間関係の波の中でどうにか上手く生きようと、彼女に私を引っ張り込もうとする人々の気持ちを聞いてみた
いつも言われたのは「それは失礼だよ」「そんな事したら周りを嫌な気持ちにさせるよ」大体そんな感じのことだった。
なぜプライベートを犠牲にして付き合いを優先させなければならないのだろう。だって私はどう思われても良いのだ。スムーズにコトが運ばなくても良い。
というか、飲み会に出ないせいで仕事がしづらくなるような職場は間違っていると思う
私は昼に寝ないと午後が保たない
そう説明しているのに、それでも寝ている私を不快に思う人がいるのだろうか
それはその人の勝手ではないのだろうか
仮にそうだったとして、何故その人の為に私の睡眠時間を削らねばならないのだろうか
そんな疑問を口にしても、社会人はみんな我慢してるんだとしか返って来ない。
だとしたら、社会人ってバカなんじゃないだろうか。
けれど、まともな企業で働いたコトがない私にはまともな社会が分からない。
ならば今、まともな社会人としての常識を身に付けようと頑張ってみたのだが、やっぱり納得はできなかった
でも、不特定多数の人が私の行いを不快に感じているかも知れないなんて、悲しいじゃないか
私は一生懸命だった
一生懸命その子に疑問をぶつけ、その度に私は無礼な人間なんだと思わされた
誰かがいつも私を不愉快な思いで見ているかも知れない
誰かが私のせいで嫌な思いをしているのかも知れない
そんな思いがジワジワと心を支配していった。
けれど彼女に反省の意を伝えると、毎回言われる
「あなたらしく居るのがステキなんだから、そんなにビクビクしないで!」と
お前が「あなたの自分勝手な振る舞いが周りの誰かを不快にしているよ」と言ったのではないか
私は自分勝手な私が好きだ
愛嬌でいろんな事を乗り越える自分が好きだった
私は私の快不快をよく理解していたハズなのに
もう自分が何に怯えているのか分からない。
誰が私を見て不快に思っていようと関係ない
私が勝手にしているように、不快に思うのはその人の勝手だ
もしかしたら誰も不快にすら思ってないかも知れないじゃないか
私はもっと強い人間だったハズなのに、いつの間にか私の価値観は揺らいでしまった。
私が私に価値を見出せなくなってしまった。
私はダメな人間なのかも知れないと、ずっと思っている。
そんなことは無いって分かっているのに
アドバイスをくれた彼女もそうだ
悪気はない
私が聞いたから教えてくれただけだ
それが彼女の価値観で、彼女の価値観は私とは大きく違ったのに、それに委ねたのがいけないのだ。