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群馬 桐生へ
帰りましたね。。。


ママさんが
グランド行って、
「ごめんなさい。」って
何回も謝ってたね。


34歳ゃし、
まだまだ
サッカーやりたかったと思う。
ファンも悔しいよ…。


自分は
この人をよくは知らんけど
子ども3人いるンゃね。


拓さんも
子ども3人残して
逝ってしまったんね汗


重なりあう部分があるし
嫌やねしょぼん
◎「松田直樹は幸せでした」
=ファンに宛て、家族から手紙


サッカー元日本代表の
松田直樹選手の死去を受けて
開かれた記者会見の席上、
同選手の家族から
ファンに宛てた手紙が、
松本山雅の大月弘士社長によって
公表された。
内容は次の通り。


「今回、
このようなことになりましたが、
松田直樹は
よく頑張ったと思います。
関係者各位、
選手、
サポーターの皆さまから
温かい応援のメッセージをいただき、
家族も直樹も
勇気づけられました。
ありがとうございました。
直樹は
横浜Fマリノスで16年間、
その後、
現在の松本山雅で
8カ月になりますが、
大切な仲間と大好きなサッカーを
することができました。
本当に松田直樹は幸せでした。
みなさま
本当にありがとうございました」。 



何か
これ読んで
家族の気持ちが凄い伝わってきた。
何とも言えへんけど
凄い
愛されてた選手なんゃな…。
って
思った。
◎松田選手の死、
「とにかく悔しい」
=クラブの加藤監督らが会見


「とにかく、
非常に残念というか、
悔しい」―。
サッカー元日本代表DFで
日本フットボールリーグ(JFL)
松本山雅FC所属の
松田直樹選手が死去したのを受けて、
クラブの大月弘士社長、
加藤善之監督と
信州大学医学部付属病院(長野県松本市)の
岡元和文医師らが4日午後、
記者会見を開いた。
冒頭にそう語った加藤監督は終始、
うつむき加減で、
厳しい表情だった。


松田選手が倒れた際、
グラウンドなどに
自動体外式除細動器(AED)の
準備がなかった。
急性心筋梗塞を発症した際の
AEDの有効性について
記者から質問された岡元医師が、
「われわれには
常識になっている」と答えると、
加藤監督は口をきつく結び、
涙をこらえるように
表情をこわばらせた。
同監督は
「今でも選手の、
仲間のところに戻ってほしい。
それだけです」と言い残し、
涙を拭きながら
会見場を後にした。


一方、
大月社長は、
最期をみとった松田選手の兄から
「直樹がお世話になりました。
直樹の夢は
本当にJリーグに上がることだった。
途中で
こういう形になって申し訳ないが、
夢をみなさんに託したんで
頑張ってほしい」と
伝えられたことを明かした。
また、
ファンから届いたお守りを
松田選手の胸に置くと、
脈が安定したと話していたという。
大月社長は
「約束は
必ず果たさなければいけない。
改めて決意を誓った」と語った。