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メンヘラ女子が自分軸で生きるためのメゾット

メンヘラ女子のためのメンタル・生活習慣の根本改善

哲学とは生きる意味を探すこと

問うということは
自分なりに納得して意味を定義すること
つまり問うとは幸せを定義して幸せになること

哲学は知識をつけることではなく
実体験の中で 問い、考え、語る 
哲学するものだ

自分の中の
何が正しく、間違っているのか、
自由がなにかを突き詰めていくと
世界や人間、時間、認識、といった哲学の問題
真理を探究するということに繋がっていく


ヨガを初めてから
哲学という言葉に深く触れるようになった

ヨガに出会う前のわたしは
自分の人生を漠然とぼんやりと生きていた
自分の人生にあるいは、行動や言葉について
深く考え定義することなんてなかった
たぶんその方がある意味で幸せでもある

モノが溢れかえって
食べるものにも最低限生きていくための仕事にも
いまの日本なら困ることはまずない

いまの日本ではみんながやっている何となくに
合わせてなんとなくでも生きていけるから

でもヨガでは問われる
あなたは本当はどう生きたい?
幸せとはなに?と

日本の社会において
自分に?を与えることは少ないんじゃないだろうか

周りとか世間とかそういう漠然とした
ルールや常識に従って
与えられたものや範囲内で行動するものだとおもっているから

やがてそれが正しいのだと思考を止める
自分がどうしたいかを見失う
あるいは
意見することに躊躇してしまうのかもしれない

問うことは
自分を縛り付けるさまざまな制約から
自分を解き放つことだとおもう

過去は増え続け減り続ける未来の中で
やり残したことはなにか
成し遂げたいことはなにかを問う

うまくいかなくても
ときに嫌気がさしても、臆病になっても、
手放すわけにはいかない

途中で休んでも
うまくできるようにならなくたっていい
レベルの高さや厳密さ、
一貫性を求める必要は必ずしもない

とにかくやってみて
自由と思考を自分のものにする

幸せや自由の原動力は問いを重ね続けることだ
考えは広がり視野は広がる
問いは思考を動かし方向づけてくれる

こどものころ
出会うものがすべて新鮮だったはず
そこは素朴でありながらも深い問いにあふれている
関心が広がり
希望と苦悩に彩られた問いに突き当たっている

時につまずくこともある
でもそこで考えることでしか
考えを自分のものにすることはできない

自分で考えて判断する
考えを言葉で表現する
そこに主体性と責任感があり
相手を尊重し
自分と他者の違いを受け止める寛容さがある
これが資質を育んでいく

哲学の核心は考えを身を持って学ぶこと
哲学は誰にとってもいつも必要なのだ