いぢめられ日記

いぢめられ日記

いろいろしんどいことを吐き出すことにしました。

引きこもり陰気ばばあの脳内残滓を吐き捨てる排膿場。誰も見てないだろう、でも誰かが見てるかも?っていうバランスがいいの。
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ヒマラヤあたり




インドらへん



あきらかによごれた大気驚き


しかも、今はマシな時期。

冬がクソヤバくて、大気汚染による視界不良で飛行機が欠航するんだと。そんな状況未体験…でもないか。マレーシアでも一度息が吸えないレベルのヘイズだったことがあったな。



インドは夏にはいり、今の最高気温が40度くらいで正午あたりは暑くて外にいられない。我が家は西を向いているので、夕方も西日が直撃してかなり暑い。いや、熱い。うっかり家のなかで熱射病になりかねない。暑さのピークは5月らしいから、今後一体どんなことになるんだろガーン



東南アジアや日本と違って乾いた夏なので、知らないうちに自分の水分が蒸発していく。ウエットティッシュは拭き終わる前にカラカラになる。顔も目もパサパサで、水も常に飲んでいないと危険な感じがする。

砂漠の民が体を布で覆うのは、直射日光と乾いた風で干上がらないためなのがよくわかる。


インドには、巨大な階段井戸跡が沢山ある。昔の人は水を必死で確保しようとしたんだろう。 

夫の会社のある工業地帯は砂漠にある。みんなで水を汲み上げ尽くしたら終了らしい。


日本はもっと水源を大事にした方がいいよね。

飯が美味い。フードコートとかで普通に食べてるけどお腹はまだ大丈夫口笛


フードコートで流れてきた曲。



子供が携帯がAndroidなんだが、その場で音声から曲名探してくれるGoogleにビビった。


25秒あたりから聴いてみると


なんと、魔女の宅急便笑い泣き笑い泣き

全く隠す気もなく久石譲なのすごい


間奏もラストも宅急便



マサラドーサ食べながらマサラ宅急便聞いてワロタ

ネクストカントリーイズ



インド‼︎



またハードルが上がる泣き笑い泣き笑い

吸える空気は有料な国インド…



しかも、夫はインド中を飛び回る羽目になるので家に不在の方が多いって。


私ら行く意味ある?笑




社会で竹島はドクトだって習ってるらしい。

まあ、うちの子供は人の話聞いてないからホントかどうかよくわからんけど。
そんで、今日は帰宅早々紙の鎖を延々と3時間かけて作ってた。20メートルがノルマなんだって。中学生が紙輪工作…


うちの子供は

○鮮系の授産施設にでも通ってるのかよ?


SDGs SDGs平等平等貧困貧困って相変わらずやってるみたいだし、何しに学校行ってんの?

共産系自己啓発セミナーってかんじ。

SDGsという流行りのビジネスが最近は盛り上がっています、程度の知識でいいと思うけどな。

そりゃあ日本人の学力は落ちるわ…

そりゃあ、

太陽電池義務化→大量の廃棄物になった後めっちゃ有毒だけど処理は?→アッ…

なーんてバカなこと言い出したりしちゃうよね。




これは不登校にしてネットで学習しながら読書でもして、プール教室にでも通った方がよっぽどマシな人間が出来上がるのでは…


自分が私立中にいたのでわからんのだが、公立ってこんな無駄なことしてんの?

子供が優秀なら、私学の名門に逃した方がいいな。


あまりに早すぎる、もう年の瀬である。
このスピード感たるや、気づいたら私も義母と同じようにあの世にいるに違いない。


義母の遺したのは大量の着物と茶道具。
それも、一つ一つが軽く数十万は支払ったであろう品々である。まだ貴金属なら売れたのに、シミとカビにやられた着物…えらそうな銘が記された、古道具屋が二束三文で買い叩きそうな茶道具…

ここで思い返すは、義母の家のローンをわが夫が払い続けたこと。子供にそんなものを払わせておきながら、二つ三つも我慢すればば簡単に年間のローンなど払えそうな品物を買いあさっていたのである。
茶道というのは、格付けの高い指導者に習えば一回数万、口伝の奥義を習えば師匠にエクストラで都度数万年、免状を取るたびに師匠となんとか千家に数万〜数十万、茶会という名のパー券を付き合いで買えば一回一万は軽くかかるし、茶室をつくり庭をつくればうん百万から天井知らず、本来金持ちの道楽である。

子供にローンを肩代わりさせるような貧乏人が触れていいものではない。義母は見るかぎり、家一軒分はぶっ込んでいる。家、じぶんで買えたじゃん…

夫は自分の母親なので「いやー我儘だったねw」で済ませているが、

ねぇわ…

思った以上だコレ


たまたま我が家が海外ドサ周りで家を買うチャンスが来なかっただけで、これ日本にいたら息子一家は実家のローンを払い続けながら家を買うことができずに社宅に住まい続けろってことでしょ。名義が夫であっても、そんな不便を強いておきながらなんだこれ?

子供に申し訳ないとか微塵も思わずに散財。その感覚、わかんねぇよ。

どうせなら宝飾品で着飾っていてくれた方が回収できた。



茶道具には、道具屋の名前がちらほらとついていた。

昔私が習っていたときに師匠が御用達にしていたのと同じ名前だ。婆さんが死ねば道具たちはゴミのような値で手元に戻ってくる。それをまた次の婆さんに高値で売りつけるんだな、と悲しい構図が見えた。

未開封のものもあった。道具屋の言うがままに買ったであろう道具類は、夫が買ったぼろ家にぱんぱんに詰まっている。悔しいから道具屋には売らない。

とりま、見た目が偉そうな道具を少し回収してきた。

私は数十万の茶碗で茶漬けを食ってやる。茶入には七味でも詰めてやる。歴史と伝統のマルチ、茶道は一生やらない。


知識と教養を要するため一見高尚そうにみえるのだが、なかみは薄暗いマルチ。いまだにマルチは蔓延っているところをみると、人間はほんとうにマルチの構造によわいんだな。

商売のマルチは上に行けば金が手に入るという夢を売るが、文化のマルチは、家元制という文化保全システムに上納金を吸い上げられることにより、「何者かになった感」が手に入る。

金を払ったぶんドヤれる銘や格付けが虚栄心をくすぐる。表は枯淡だの侘び寂びだのできれいに鍍金して文化という大義名分を持ちながら、裏は課金がものをいう煩悩がたぎっている。さすが千利休は商人だけある。ものすごい商才だ。


文化の担い手は金のある人がなるべきで、貧乏人は文化保全に老後を犠牲にしてはならない。