関東からカリフォルニアへ。20年後にまた関東。
日々の暮らしの積み重ねって旅だよね。だから人生は旅っていうんだね。って言う感じの記録。

 

 

やっほー。

 

 

2026の全ルック発表になってから

必ず買う! と決めてたギャルソンのスカート。

おそらくいちばん人気だから、発売日にいくZXy 

 

いま、スカートはわたしの部屋のラックにかかっていて

生地をみるたび、とても幸せな気分になります。

 

お給料、全フリです。

いいんです。

 

 

発売日、

 

午前中から引越し先の物件をみてまわり

決まった!と思ったら、

駐車場があいてなくて断念。。

 

夫はこのような感じのエネルギー使う作業のあと、

たまに、マックに行こう!といいます。

どうしても譲らない。

 

故郷アメリカの味だからでしょうか?

 

わたしはファストフードが苦手です。

嫌味なくらい鼻につくやつだと自認する、

意識高い系の人間です。

 

だから、夫にマックさそわれると、

 

えええ? やだ。

 

即答です。

 

が、 かみあわない会話がつかれるのと

こういう感じのときには、

彼はマックなんだよなって知ってるから

 

しかたないな。。

私は苦手だけどね。

 

などと、言わないでいいことを

タラタラといいながらマックいきます。

 

夫は、’サムライマック’

私は注文の仕方すらわからない上に、

たべたいものは、ない。

 

それどころか、

 

たけえ!

なんでこれがこんなにするの?

マックの分際で調子のりすぎ!

 

等々と、悪口がとまりません。

 

もういい。

水のんでしのぐから!!

 

ああ、めんどくさいね。私。

 

 

ごめんね。

わたしはこうやって

ファストフードを見下す

嫌味な意識高いやつなんだよね。

 

そういうと、

 

うん、わかってるから

別にいいよ

 

笑顔でスルーされる。

 

少しとなりの小さな席に、

親子?が座ってた。

 

髪の毛ぼっさぼさな

若いお母さん? 風と

幼稚園くらいの女の子。

 

お母さん、

携帯から目を離さず

じっと画面に見入ってる。

 

子供ちゃんは、、

 

あれ?記憶がきえてる。。

 

 

ポテトだけ機械的に口に運んでたことと

無言だったことと

他人同士の相席みたいだったこと

お母さんが疲れてそうで心配になったこと

 

それしか覚えてない。。

 

 

結局、

 

わたしフレンチポテトだけ食べて

そのまま新宿へと向かう。

 

ギャルソンのスカート

伊勢丹へ。

 

なんだか伊勢丹、変わったよね。

 

 

ひとことでいうならば、

階級社会と金の匂いが空気に充満し

それらがもはや、はっきり可視化され

体感できるレベルになったよね。

 

でも、伊勢丹のトイレって落ち着くんだよね

 

ギャルソン、発売日だけあって

やっぱし混み合ってる。

 

スカート、あった!!!

 

と思ったら、ハウスマヌカン(言い方)が

さっと取ってきのこ頭の客に差し出した。

 

きのこ頭、新作買い占めてる。

 

わたしの好きなギャルソンファンじゃない。

成金ぽい嫌味なやつだ。

新興勢力のギャルソン買い占め勢。

 

わたしもへそ曲がりな嫌味なやつだが

きのこもなかなかのふてぶてしさ。

 

あ〜、もういっか。。

 

って気を取り直して

入荷したお洋服を美術館のように

みてまわってた。

 

そしたらスカートが戻されてた。

 

よっしゃ!

わたしのものよ!!

 

試着したら、ものすごく似合ってる!

うん。似合ってるよ。わたし!

 

死ぬまで着よう

ずっと着よう

デザイナーの反骨精神も

一緒にずっと、

格好良く着よう!

 

あまりに嬉しかったので、

着て帰ることにした。

 

帰り道、

大きなバックを抱えたきのこ頭と

すれ違った。

 

うえからしたまで

目でちらっと、わたしのことを

上から目線で見ていった。

 

きのこなんかに何されても

なんとも感じない。

きのこの分際で生意気だ。

わたしのほうが嫌なやつなので

調子にのらないでほしい。

 

 

ああ、平和。

 

 

エレベーターの近くに、

きれいなブランドものの

おべべを着た

お人形のような子供が

アイパット持って立ってた。

 

その横で、

若い髪のきれいな母親?が、

大きな紙袋を手に携帯に見入ってる。

なんだかふたりは他人同士みたいで、

身につけてる高級品だけが

豊かさのエネルギーを無駄に放ち

その場の空気に漂っていた。

 

 

午前中にマックでみた親子

伊勢丹でいま眼の前の親子

 

両方とも、悲しいと思った。

 

悲しい。

 

家父長制度のなかで囲い込まれ

その囲いの中の

役割に閉じ込められる女性たち。

 

それにみんな気づかない。

物質的な豊かさだけがクローズアップされる。

でもそれは表面的な違いでしかない。

 

 

数日後、

 

一見対象的にみえる親子の話を、

とある機会で軽く話した。

 

家父長制度っていうけれど

そんな中でも自分らしく生きている女性は

わたしのまわりにはたくさんいるわよ。

 

本人たちの幸せなんてわからないんだから。

 

あなたのそういう感性っていうのは

これまで苦労してきた証よね。

 

そんな感じの返しをされて、

 

 

うー。。

 

そんなこと言ってないだけどなぁ〜。

 

はなしがやっぱし通じねえ。

 

 

と心で少しだけがっかりして、

はなしが通じないなんていつものことじゃん。

すぐきりかえた。

 

あはははは〜

 

てきとーに返事して

桜並木を歩いて帰宅した。

 

たまにでいいから

たまには、人間とちゃんと会話できたらな〜

少し切なかった。

 

 

はなしが通じないってこれ、

 

わたしが、相手が、正しい悪いの問題じゃなく

 

「層」 が違うからかみあわないだけ。

 

 

わたしは、構造の話をした。

相手は、個人に話をおとして返してきた。

 

これじゃあかみあわない。

 

わたしは個人に興味はない。

 

知らないだれかのことをわかった気になって

勝手に解釈したり哀れんだり

そんなことはできない。やらない。

わたしの話をしてるわけでもないし、

まわりの知り合いの話でも、ない。

 

 

だけど、構造のはなしは普遍だ。

それならいつでもできるし、

じっさい、ここが根っこだと思ってる。

 

その根っこの部分を

共有したり、話あったり、

そんなことがしたかっただけだ。

 

 

いくら物質的に恵まれていようと、

この社会は家父長制のまま

構造そのものは変わってない。

 

だから、わたしはいつもおもう。

 

女同士でいがみあったり

マウントとってる場合じゃない

 

連帯しなくちゃならない。

 

 

家に戻って

夫と話した。

 

ああ、ここに

ずれないで同じレイヤーで会話できる人

いるじゃない。

 

そうだった。

 

 

おわり。