細工は細かった
彼が、よく鏡を見ながら、そして無表情のままに、ヤスリをかけられているような声でシッシッ、シッ、と笑っていたことを思い出す。
彼は消して美男子ではなかった。「もし自分の顔に自身があったら、もっとカメラの前とか、ほら、なんかの番組とか。そういうの出てたの?」私はそう聞いた覚えがある。彼は答えた。「出てたよ。 そりゃあ」
彼は料理が上手だった。そして女性とは縁が無かった。今現在は知らないが、とにかく私と彼が知り合った十九歳、浪人生のとき、「女性を書くんだから、女性を知らなくても、いいよね」と言っていた。知る必要は無い、と言い切っていたかもしれないが、私はもう、その辺りの記憶がほとんど無い。私の知らないところで、性体験とは関係のない何か関係はあったのかもしれないし、無かったかもしれない。
それは、彼の残したものを電子書籍化していくうちに、少しは明らかになるのではないだろうか。
彼は消して美男子ではなかった。「もし自分の顔に自身があったら、もっとカメラの前とか、ほら、なんかの番組とか。そういうの出てたの?」私はそう聞いた覚えがある。彼は答えた。「出てたよ。 そりゃあ」
彼は料理が上手だった。そして女性とは縁が無かった。今現在は知らないが、とにかく私と彼が知り合った十九歳、浪人生のとき、「女性を書くんだから、女性を知らなくても、いいよね」と言っていた。知る必要は無い、と言い切っていたかもしれないが、私はもう、その辺りの記憶がほとんど無い。私の知らないところで、性体験とは関係のない何か関係はあったのかもしれないし、無かったかもしれない。
それは、彼の残したものを電子書籍化していくうちに、少しは明らかになるのではないだろうか。
何故こんな無責任な私に。
このblogは、決して私が記すものではない。
“彼”のものだ。
彼はかつて、とある(彼曰く「不本意に」《格好つけだろう》)名の知れることとなった作品の著者だった。けれど世に出たその作品は純粋には彼の物ではなかった。映像や写真で裸を晒す女の裸体が、それこそ純粋に彼女だけのものではないように、細い路地の真ん中にぽつんと落ちている一万円札が、純粋には誰のものでもないように、その作品も彼だけのものではなかった。
彼は麻薬を使う必要も、誰かを殺す必要も自殺未遂をする必要も、自分の陰部の写真を大勢の見せる必要もなかった。次の作品を発表する必要もなかった。
彼は“売る”ことは悪ではないと考えていたようだ。
幼いままに去った彼の作品は、何の因果か、いま私の手の元にある。
彼はやはり今も幼いままか、それとも、作品を私に預けたことを後悔しているのか。
とにかく私は彼の文章を電子化し、発表する必要に迫られた。