gap
眠れないから、駿台に通った時の話*
私は、いつも通り電車を降りていつも通りエスカレーターに乗ろうと込み合うホームに立ち待ってた。
そこである一人の男の子が私の目にとまった。
両足がなく、松葉杖で身体を支え一歩一歩慎重に慎重に込み合うホームを歩いていた男の子。体はきゃしゃでふらふらと見ているだけでも、心配になるくらいにやっと歩いてるのだ。
エスカレーターに上がるのも危なげだった。私はその後ろ姿だけをただ見つめていた。東京のエスカレーターは、右側が歩く人専用で左側は…、と分かれているが、その子はバランスがとれないせいか中央に立っていた。
後ろからヒールを履いて髪の毛がくるくるっと綺麗に巻かれてて、綺麗めのロングコートを着て本当に可愛いなwって私が見とれちゃうくらいの大学生が携帯で話ながら私の脇を登っていった。
その男の子立つ一段下でその女の人は止まった。
男の子は、それに気づいたのか必死で左に身体を寄せようとするのだけど、よれよれと倒れそうで、…
女の人はその脇を通って上ろうとしたんだけど鞄がその男の子の杖にぶつかった。グラッ!
…本当にひやっとした。
男の子も少し焦ったようだった。
その女の人はお構い無しで、ヒールの音をカツカツ響かせながら、…どうする~?とか電話で話ながら上っていった。
私はその時点で、なんなんだ。
って色んな感情がぐるぐるぐるぐる渦をまいていた。
エスカレーター上ると、男の子が立ち尽くしていた。難しい顔をしながらも頭をポリポリかきながら、鼻でふっと笑い、また下を向いて、改札に向かって歩くその子の姿見てて胸が張り裂けそうだった。
ふっ。て鼻で笑えるあの子は強いの?障害をもつ人はこゆこと日常茶飯事なの?
強いね!
大変だね!
そんな言葉で終わらせていいのだろうか。
周りの人達も音楽を聞いてたり、そんなの知らんぷり。
あの女の人には両足が付いている。
私にも両足が付いている。
だからあの子の気持ちは分からない。
けど、ぶつかったらごめんなさい。よけてくれたらありがとう。せめて頭を下げて行けないのかな?
東京に居るとこゆこと結構目にする。
エレベーター使えよな!そう言う人もいるだろう。
だけど、大学で勉強してる人がましてやあんなに綺麗な人がそゆ行動をとったことに、人としてどうなんだろ?とかショックでもなく怒りでもなく受験を控える私にとっては考えさせられた出来事だった。
東京の冷たさを感じたな、
こんな風に思うことおかしいのかな?なんて思ったりもするけど、私はこゆこと大事だと思う。
halfway
東京にいる残りの間なにやろうか?
って考えてるなうw
荷造り終わったし、明日からは外でる!
動きたい部活やりたい走りたい泳ぎたい…
←そっちか(�)
買い物も良いけど、色んな場所歩いてみようと思う*
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ランウェイ☆ビート
城の崎にて
小説を読みながら
p!nkの音楽聞きながらね
今日嬉しかったこと

変わったね!って言われることが何か怖かった。自分が自分じゃなくなるんじゃないかって。
けど、今日メールくれた
中学時のめんに
変わったってさ、色んな変わり方あるんだよ。俺は、お前が良い方に変わったというか進化したって思うな。でも何かお前らしいわ。
私らしいってどこらへん?
って言ったら
全部!
てか、らしさを自分でいまいち掴めなくても周りが分かればいいやん!
あの、ミスったときに周りが教えるときみたいな?
って何となく言われたことに何だかうれしかった
で、はままど電話盛り上がって
今日は休めた?かな?
気持ち的に^^
明日も頑張ろうず

fin.
高校生の美郷としての受験が昨日全部終り、何だか書いて残したいな.。o0とかって思ったたので書きまくります。*
まず最初に…、自分を自分でめちゃくちゃ褒めます!てか誉めようず^^お疲れさま美郷(^o^)/
振り返ってみるとこの2ヶ月ちょいの東京での生活は、思っていたよりも甘くはなかったし、笑っていた自分より泣いていた自分の方が多かった気がします。
KO専願で指定校も推薦も受けません×!判定上がってよし!ってなってた第1志望の国立もポイッ!大学受験よりも文化祭だ!とかって言い張り生徒会やりまくりで、職員室で、アホな私は「大学受験も私にとっては大切だけど、高校生の私は今しかないんです!今だけなんです。だから文化祭の活動はめちゃくちゃやります!今に後悔したくない!受験がこれでミスっても私は今をとります」
…とかってさー
普通に考えたらただのアホなJK。
そんな私がガチで勉強にスイッチ入ったのは10月で、ただ負けたくない!っていう気持ちだけで勉強したな。親のこととか散々言われたり、塾の先生には「慶應ってお坊っちゃまお嬢様の大学だぞ。考えろよ」とか言われて泣き泣き電車に乗って目はれすぎて、なかなか家に帰れなくて河原にいって空見ながら考えごとしてた時もあった。
大学は専門性を研く場所であって、私は研究したい!もっと知識増やしたい!ただそれだけなのに何でそんなことまで言われなきゃなんねーんだよー(`o´)みたいなこと思ってたけど、現実問題、周囲の人達が言うことが間違ってないことも自分が一番分かってた。だから、もがきまくったんだろうな。
だからこそ、燃えられたのかな…?。
そう考えたら、どぎついこと言ってくれた人達にもちょっとは感謝しなきゃな!なんて今は思えたりもする^^
朝は6時前起床で毎朝ギリギリに電車に乗り、朝ごはん食べながら1時間電車で英単語。学校着いても、SHR始まるまで勉強。古典も英語、地理も英語、…筆箱に単語ばらしたの入れて、先生が番書してる間それ覚えたり、プリント見てたり、…10月からはマジだったな。お昼も、皆でわいわいやってた今までを封印して、別の教室で食べながら勉強したり、放課後は、塾の自習室行って最終の電車まで勉強したり、…とにかくやった。帰りに電車で京ちゃんと一緒に帰るのがまた楽しかったり、^^
そんなこんなでセンター試験も受けずに、2月。試験1週間前は自分でもキモいくらいに勉強した。あの1週間はそこらの受験よりも勉強したって言える自信はある^^!ちょっと自慢← 無駄な自慢∞ただ、ここで問題が生じた。英語はかなり出来てる!…得意の数学をほったらかしにしてたことが。。
チャート解き直したけど、数学の力は直ぐは出ないことを知りながらも、出そうだなーってとこピックアップして今できること!って最大限にやった。
前日、!
なかなか眠れなくてさー。
緊張よりも、やっときた!どんな問題でるんだろう!とかわくわくと何だか嬉しい気持ちでいっぱいだた。ここまでの道のりは長かったから。
試験受けることが当たり前で、大学に入れることが当たり前なんかじゃなかったから。
当日、!
日吉に着いて、まず、ぼんちくれの美郷は、慶應を見て号泣。夢見てるみたいだった。お母さんに電話ごしでありがとう言って、試験!
英語は、傾向変わってたけど、センター問題解きまくって長文9割出してた私にはラッキーな長文オールで、めちゃくちゃ、よっしゃ!って気持ちで黙々と解いた*
数学クリアしたら行けるかも!
とか思ってた私が馬鹿だた。英語が出来た分、数学が出来なくてさ。でも終わった瞬間、やりきったかんだけはあって、でも結果が欲しかった自分もいて、数学で負けた。ってことが悔しかったんだろうな…家に帰るのが苦で、お母さんとか電話ごしで話してる家族の声聞いてボロンボロンとまた泣いて泣いて泣いて。
その後の1週間は、生きるってなんだろう?とか、社会問題について分析したり、大学って?とか、朝から晩まで机に座って図を書いたり、文章書いたりとにかく考えてた。考えすぎてヤバイんじゃないかってとこまで考えた。試験開始時間にあわせて過去問だけ解いた。
総合政策と環境に対してはほとんど、対策やってなかったはずなのに、英語もだれかさんの解き方のおかげで解けたし、小論文ももうワンマンショーでガツガツガツガツ書いた。ただここでも問題が数学で…微妙なんだなー。
終わって、
やりきったかんがないんだ*
というのは、SFCの小論文対策や、1週間考えまくってたことで、自分がなにやりたいのかが見つかったからなんだと思う。
本気で答えのでないこととかを考えまくることが、自分を追い込むことにもなる。けど追い込まれた時、掴めることもあるんだって知った。
医師でも教師でも看護師でもない私のやりたいこと。
気付くまで時間がかかった。
見つけられたことに関しての喜びでいっぱいの一面もあり、悔しさもあった。
でも、こっからだと思う。
卒業したあとが勝負だと思う。
総合受かってることを祈りたいけど、多分難しいだろうから、やりたいことが明確になった今からが勝負だ!と前向きに考えた。
受験が終わってまず最初にしたこと。電車途中下車して、芝公園を散歩して東京タワーに登り←制服で試験帰りにJK一人で。まじなかなかだよなー昨日の私てはままと今日電話で爆笑。東京タワーで四時間近く考えて、よし!ってなって
今です。
人それぞれ、歩く一歩の歩幅が様々なように私の歩く歩幅もスピードも道のりもおんりーわん。自分しか知らない自分を大切にしないとな。
何だか、受験が終わって私強くなったような気がします。
でも何だか手持ちぶさたな感じ(*^o^*)
走ってない自分は微妙なかんじ。もんもん
取りあえず、お疲れさまんさ!
まとまりのない文章だ本当に(^^゜)
fin.