これをお読み下さっている方は、圧倒的にお子さんのいる方が多いであろうと推察しますが、皆さんは子供さんにどのように勉強をさせていますか?
勉強に限らず、日常生活で親が自分の子供に何かをさせる(または禁ずる)とき、親は子に「~しなさい」(「~するんじゃありません」)という命令形でモノを言う場合と、「~したら?」(「~しない方がいいんじゃない?」)の「勧誘(提案?示唆?)」の2通りの言い方がある気がします。英語なら前者は動詞で始まる純粋命令形または、You must(~すべきだ) でしょうか。それに対して後者はI think you had better~ となりましょうか。
前者の「~しなさい」が用いられるのはどのような場面かと言えば、子供の身の安全や健康に関わる場合、そして公衆マナーや社会ルールに関する場合でしょう。
図書館などで「静かにしなさい」、道路を渡る時「渡る前に左右をよく見なさい」、食事の前に「手をよく洗いなさい」などなど。
また我が子の言動が人(お友達)に誤解を与えたり、傷つけてしまう可能性のある時も「そういう言い方はするもんじゃありません。覚えておきなさい」とおっかない顔で言います。「明日学校で会ったらあなたの方から謝りなさい」と。でもこれも、広い意味では社会ルールの伝授、と言えます。
当たり前ですが、子供の成長とともにこの言い回しが登場する頻度は減りました。子供が幼稚園や小学校低学年の頃は朝から晩まで命令ばかりしていて、なんだか私の子育て、子供を縛ってばっかり…なんて自己嫌悪に陥ったこともありました。でも、こと身の安全に関しては、You had betterなんて言ってる場合じゃないことも多く。信号のない交差点を渡る娘にまさか「左右よく見た方がいいんじゃない?」というわけにはいきませんよね。
公衆マナーや基本的な躾、社会ルールに関することも然り。バスや電車で子供がきゃあきゃあ騒いでいるのに「静かにした方がいいんじゃない?」なんて言う母親がいたら、私ならマジマジ顔を眺めてしまうことでしょう。
では勉強や習い事に関してはどうでしょう。
私は勉強や習い事に関しては「~しなさい」とはほとんど言った記憶がありません。ピアノの練習をしないときに「練習しないならやめなさい。教えてくださる先生に失礼」と言ったことはあります。でもこれも、↑の人間関係&礼節に関する躾の一環のような気がします。
(こんな程度でいいのか?本番で止まっちゃっても知らんぞ)とは思いますし、それを口にもしますが、それでもやらないのならこれは自己責任。ボロボロの出来で本人涙目で「来年の発表会はちゃんと練習する…」というのを聞き、(ほら見たことか。だからもう少しきちんと練習した方がいいんじゃないって言っただろう)と思いますが、「これも経験。本人が痛い思いしないと分かるまい」と思っているので、襟首掴んでピアノの前に座らせて弾かせる、ということをしたことはない。
勉強も同じです。無理やり叱って机に向かわせたことは、多分ない。これは格好をつけているのでは断じてありません。
例によって話が逸れますが、長女についてくださった家庭教師のO先生がかつて持たれたあるお子さんの話です。そのご家庭、お母さんがものすごいスパルタで、ある種の恐怖政治をしいていた。子供さんはひたすらお母さんの怒りを買わぬよう、顔色を伺う毎日だったそうです。お母さんが作った勉強スケジュールが机の前に貼ってあり、それを粛々とこなしていく。ちょっとでもサボる、というか、計画を逸脱すると、ものすごいカミナリが落ちる。先生の前でも容赦なくお子さんを面罵して、聞いている先生がいたたまれなくなり、思わず「お母さんのお怒りはごもっともですが、もう指導時間が10分以上過ぎているので…」と割って入り、あえてお説教の腰を折った程だったそうです。
ところが。入試の後にその塾の内部生向けの冊子に載った合格(お母さんの‘’尽力‘’のお陰で無事に男子最難関校の一つに合格)者インタビューを目にして先生、仰天されたそうです。
そのインタビューでは、お母さんの慈愛に満ちたにこやかな笑顔と共に
「私は子供に1度たりとも勉強をしなさいと言ったことはありません。ただ、美味しい栄養のある食事を作ることだけに心を砕きました」とあったそうで…。
(゜o゜;
これはどういう心理なんでしょう…。
「私が全てを差配しました。ええ、私の助言がなかったら今回の勝利はありえませんでしたね」とまではさすがに言えないとしても、そこまで実際に最難関校合格に導いた力があったのだとすれば(方法論は賛否あるにせよ)、少しはその辺を匂わせてもいいのではないかと思いますが。私には技術的に(精神的にも)到底できないことなので…
そのあたりをO先生(家庭教師)に申し上げたところ
「統計をとった訳ではなく僕の体感的なものですけど、お子さんが男子の場合、お父さんは『学習計画の立案から志望校選び、教材の取捨選択まで私が全てマネージメントしました』と、事実以上にご自分の成果を誇大に語られる傾向があり、反してお母さんは『美味しいご飯を作っただけ』と事実以上に黒子役になりたがる気がします」と。
そして、子供が女子だとこれが逆になる。つまり母親は自分のお陰だと誇示したがり、父親は結構な貢献をしてるにも関わらず、「いやいや娘の頑張りが一番です」と謙虚になる、と…
なるほど…
うーん…ひょっとしたらこれは、ギリシャ神話の頃から綿々と続く、父対息子or母対娘の家族の宿業の現れなのかも知れませんね…
ある程度の規模の調査をしたら、論文の一つくらい書けるかもしれません。
まあ、これは半分冗談で、単に息子ベッタリの母親に見られたくない、というだけの理由、または自律的に机に向かえる、テレビ番組「東大王」に登場する‘’東大医学部の神脳‘’河野玄斗くんのような子に見せたい、と言う程度の理由なのかもしれません。
話を戻しましょう。
繰り返しになりますが、そういった虚飾(と言うと言い過ぎかな?)無しに、我が家では事実として、勉強しなさい、といった記憶がありません。
今回、この記事を書くにあたり、念のため子供たちに確かめたところ
長女「やりなさい、って言われたことは無かったかな。『中学受験は何も全員がしなくてはならないものじゃない。やる気がないなら受験やめなさい』は何度かあったけど」。
次女「ゲームとかを、いい加減にしなさいっ!って怒鳴られたことは百万回くらいある。でも、勉強しなさいは、ない」
私自身を振り返ったとき、私の両親から勉強をしろ、と言われた覚えがありません。父も母も、勉強をする気がない子に無理にやらせても不毛だ、と思っていたのだと思います。
特に県立高校の教員だった父は、県立上位校全盛の時代に、その県立トップ校で教壇に立った経験もありました。そんな父が語っていたのは「お父さんがいた××高校や□□高校は、『大学に行きたければ勉強は自分でするものだ。人に言われてやるような子はそこまでの子だ』という空気が職員室でも支配的だったな。だから大学入試を想定した授業なんて先生たち、誰もしなかった。そしてそれに対して『入試に出ることをやってください』なんてことを言う生徒も親御さんもいなかった。お父さんがいた学校に限らず、日比谷だって国立(くにたち)、西だって県千葉だって県立浦和だって、当時はみんなそうだったよ」と言うことでした。
そんな父は家でも「勉強したくないならしなくてよろしい。その代わり、専門学校や短大には通わせられないから高校を出たら働きなさい」と言っていました。今思うと、両親真面目に公務員を勤めていた実家がそんなに貧しいとも思えません。ですから「…が学びたいから専門学校に行きたい」と真剣に言えば行かせてくれたのではないか、と思います。安易な道の選択を戒めた、という意味で↑のようなセリフを言っていたのでしょう。
母も(こちらも元高校教員)基本、同じでした。あんまりゴロゴロしていると「勉強しなくていいの?もう来週は試験2週間前じゃないの?」なんて声掛けをされることはありましたが、う~ん、これ読み終わったらね…なんてのんびりした返答をしても、怒る、というリアクションが返ってくることはありませんでした。(「まったく…。この間、成績落ちて悔しがって泣いてたのはどこの誰やら…」と聞こえよがしに呟いていたのを聞いたことはありましたが…)
そして我が家には、長姉という勉強の虫がいて、彼女は暇さえあればひたすら刻苦勉励して机に向かっていましたし、そんな姉の背中を見て育ったので、自然に学生は勉強しなくては行けないのだ、という徳目が身についていた気がします。
そう育てられた私には、子供に「勉強しなさい」という言い方をする発想がそもそもありません。
選択肢は示してあげる。それは大人の約目。しかし選ぶのは子供自身。やりたくないならやらなくてもいい。でも、それで後に生じた不利益は甘受しなさい。自己責任なんだから。(ピアノの例と一緒ですね)
そんな考え方を、いつぞや大学時代の友人(彼女は当時まだ独身)に披瀝したら、「えー、それってなんか冷たい感じ」と一刀両断されました。
そっかー、世間はこれを冷たい、と言うのか…と、軽くショックでした。しばらく思い悩んだものの、でもやはり「勉強をしなさい」という命令形は私には言えない、冷たいなら冷たいで結構、と諦めました。
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「親の力」って何なのでしょう。そういう名前の教育評論家さんがいらっしゃいますね。親野智可等(おやのちから)さん。機会があったらお訊きしてみたい。怠ける子供を机に向かわせるのは、親の力なのでしょうか。それができない私は、親の力が不足しているのでしょうか…。
この休校期間、他のお母様の書かれたブログを読むと、まるで勉強合宿のように朝から10時間近く、机に向かっている。何をいつ、どのようにやったか、それが克明に記されている。それを読んで、出るのはため息だけです。
そもそも、そういうご家庭のお子さんは、親がやれ、と言われなくてもやるのでしょうね。こうして頑張れば、目標のあの山の頂きに行けるよ、と目標設定をし、それに向けた具体的なスケジュールを立てあげれば、その「なりたい自分」に向かってお子さん自身が努力していけるのでしょう。我が家も長女はそういうところがありました。暢気で楽観的で、横から見ていて(おいおい、それじゃ間に合わないんじゃないか?)とは思ったものの、そして、約束を破って帰宅が遅くなり塾に遅れた時に、確かに「やる気がないのなら受験なんてやめちゃいなさい!」とは言ったものの、勉強させるのにさほど苦労はしなかった…。
しかし次女は、前回お書きした通りの不真面目人間。
それでも、彼女自身が自ら私立中学進学を望んでいるなら、「中学受験はそんな不真面目で受かるほど甘くない!」と喝破できますが、本人、どうしても私立に行きたいという様子もない。「あなたみたいなタイプは内申悪くなるのは火を見るより明らかだから、高校受験したら絶対に損だよ」と脅しても、その時はその時、べつに近所の都立××(中堅レベル)でもいいもん、それか梨花ちゃん(フィギュアスケーターの紀平さん)と同じN高校でもいいし、と何処吹く風。
ボードゲームで負けるとポロポロ涙を流して悔しがるのに、理社の偏差値30台をとってもカエルの面に水。姉が「覚えれば済むことを覚えなくてこんな酷い偏差値で、腹立たないの?」と言っても「へ?何で?覚えてないんだから答えられなくて当たり前だし」と、ズレた答えが返ってきます。
算数だけですね、下の子が解けなかったり、誰それに負けた、と言って悔しがるのは。またいずれ近々書きますが、国語については、採点者と世界観が違うから☓になるのは仕方がない、と真剣に思っています(そういう表現はしませんが、言っているのは、要はそういうこと。)漢字は我流。「第」という漢字を「弟」に「たけかんむり」を付けたり、「行」を亻(にんべん)で書いたり。注意しても例のヘ理屈です。「これからの漢字の勉強は、正しい同音異字、同訓異字の選択(変換)をできるようにする練習で十分」上の子が「えーっ、手書きのほうが心がこもってるように感じたり、温かみがあっていいじゃん。その時困るよ、そんな誤字脱字ばかりだと」と言っても「そういう人とは多分友達にならないから」で終わり。
1月の塾内模試は算数と社会の偏差値が何と30以上違いました。ダブルスコアです、ほとんど。姉は国語と算数が最大20違いました(もちろん国語>算数)が、それさえ可愛らしく感じられる差。塾の先生もお手上げのようです。
そうですよね、脅すにしたって、お金を落とすお客さんですから、ほんとにやめさせるわけにもいかない。怒鳴ったって何したって娘は目を三角にして下向いてほっぺを膨らませてるだけ。何しろ、スマホで調べれば一瞬でわかることをわざわざ時間とエネルギーを費やして覚えてどうする、と思っている、言わば確信犯だから、相手が怒鳴ろうと何しようと(あ〜この人とは一生わかり合えないわ)と諦めていて、効き目ありません。さりとてまさか体罰もできないでしょうし…。
先日は、桜蔭の過去問(整数)をこともなげに解いた、と塾の算数の先生がやや興奮気味に教えて下さいました。「これで苦手な文系科目さえ伸びれば…」なんて。とんでもない!桜蔭なんて逆立ち、いや月面宙返りしたって、かすりもしないでしょう。その名を出すだけで、冒涜だと思っています。
二人の娘は主人より私の方を恐れているので、私が言ってダメなものは主人が言っても糠に釘、暖簾に腕押し。主人はもうすっかり諦めていて、「ああいう不真面目な奴はどこかで野垂れ死にすればいい。人生を舐めてやがる」と。だから最近は叱ることさえしなくなってしまいました。主人とてコツコツ真面目、とは程遠い、いい加減人間なんですけどね。
家庭教師のO先生だけです。「時代がすみれさんに追いついてないんですね」と、苦笑混じりですが、そんな言い方で褒めて(?)下さるのは。
「定期試験にノート持ち込み可の公立中学校が現れた、と先日新聞記事にありました。単なる知識を問うだけの試験はやめよう、と先生方が話し合ったそうです。ようやく時代の方が少しずつすみれさんに追いつきつつあるのかな」
いえいえ、先生、それは買いかぶりと言うもの。ヤツの言うのは、そんな高邁な話ではないですよ…
あ、もう一人いた。勉強を高校途中でほっぽらかし、あとは自由気ままな人生を送り、なぜか今では女だてらにアパレルとコスメ関係の社長業(小さな会社ですが)を楽しんでる次姉。この下の姉とは次女もウマが合うようで…。
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あらあら、またもや下の子のダメぶりを吐露するだけの、愚痴愚痴ブログになってしまいました。申し訳ありません、せっかくお読み下さった方。
次女の、朝からゲーム三昧、食べてゲームして食べてゲームして…のぐうたらぶりにブチ切れた挙げ句、私は衝動的に、あるボランティア活動に参加するに至ったのですが、次こそはその経緯と経験をご紹介したいと思います。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。