留学とは全てが楽しくキラキラしてるものではありません。
少なくとも私にとってはそうです。
遊び歩いてるようなのは”留学”とは言いません。
留学中は自分の中で考えることが山のようにあり、その全て一つ一つが
鉛のように思いです。
親のプレッシャー
金銭問題
膨大な課題の量
いつまでも立ちはだかる言語の壁
人間関係
就活
異なった食生活
乱れる生活リズム
さてここで
留学を決めた節
話していこうと思います
私は小学生の頃から勉強が大嫌いです。小学校で得意だったのは図工。中高では英語しか好きではありませんでした。
中高の成績は常にギリギリ、大嫌いな数学に関しては赤点以外とったことありませんでした。
そんな私が留学を決めたのは確か高2の時に日本の大学に全く興味が湧かず、(父の影響で)洋画好きということで
いつか海外、特にアメリカ、ハリウッドに行きたい!そこで映画を学びたいと思いました。
昔からハイスクールミュージカルという作品に強い憧れがあり、アメリカ=キラキラしてるところだと思ってました。
当時はとにかく日本から出たい、日本は狭い、もっと世界を見たいと大口叩いてました。
そして父の知り合いの息子さんがつい最近、有名なアメリカの某B大学を卒業したと聞いて、
話を聞きに行きました。彼は都内にある留学のための英語専門学校を一年かけて行き、その後カリフォルニアの
短大から某B大学に入学したと、、、
私もその留学専門機関に行ってみたいと、一度説明会に行きました。すでにそこで決意はほぼ決まっていて、
父親もいいんじゃないかという意見でした。
なぜ行きたかったのか、それは自分の英語力に全く自信がなかったからです。少しでも伸ばしてから行きたいという気持ちでした。
それからが大変でした、そこは文部省から認められている学校ではなく、自分の当時の担任は最初は全然認めてくれなくて
説得するのが大変でした。何回もパンフレットを持って行き、私が真剣に留学を考えていることを伝え続けた結果、最終的に
支えてくれることになりました。
先生は私が入学試験で真ん中のレベルに入れなかったら、日本の大学に何としてでも入れると言ってきたので一生懸命頑張りました。実は父は賛成でも母親はほぼ反対で「あなたには普通の大学に行き、普通の会社に就き、普通に結婚して欲しかった」と言われたのは今でも覚えています。
母の反対も何とか押し切って、英語の勉強を今まで以上に頑張り、留学専門機関に真ん中レベルで入れることになったのが2014年の4月の話です。
はっきり言ってこの一年をあの自分が乗り切れると思っていませんでした。
次でその一年を少しづつまとめて書いて行きます。