ちょっと前に2度のワクチン接種を終えましましたOK

 

先の予定を考えながら接種日を予約して

段取り通りです。

段取り・・・・大好きでしてねニヤリ

 

 

それでも、予定通りに行かないのが人間関係・・・それもそうですがアセアセ

発熱もです。

38度までなら想定内でした。

しかし実際は39度5分まで上がり、

(39度台の熱って、いつ以来でしょうチュー

39度台の熱の感覚がとても不思議でしたびっくり

 

一日ゴロゴロしながら、読みたかった本を読んでしまおう、

なんて、とんでもないですね。

39度も越えると、寝返りもダルいし自分の身体じゃないみたいで

なにより、朦朧として、寝ては覚め覚めては寝るの繰り返しで

 

本を読もうなんて、何言ってんだか・・・・

 

 

幸い、9時間ちょっとで熱は下がり始め、

事前にかかりつけ医と話してたように、そのタイミングで解熱剤をのみました。

(尤も、我慢できなければ飲みなさいとも言ってくれてたんですけどねチュー

夜中には36度7分と平熱に戻りました。

 

熱が上がりきってから後って、なんだかふわふわして不思議な感覚でした。

子どもの頃を思い出すような、無いような。

 

錘のように身体は重くて節々も脈打つように痛いけど、

とても穏やかで、時間の感覚もなく妙な浮遊感に包まれる。

何も考えられない・・・・思考が働かないってある意味楽ですね爆  笑

でもね、

それはこの状態がいつかは終わるものだと解っているから。

 

 

これがもし、あの頃のように深い奥底へ堕ちていく前兆で

訳のわからない身体の痛みと心の痛みで

ただ天井を眺めながら、ベットの中で涙しているんだとしたら・・・

 

・・・・あり得ない。

これから人生をやり直す?一から?いやマイナスでしょプンプン

そもそもなんで、私はこの歳になってこんな目に逢わなきゃならないのムキー

この年からじゃ後が無い。やり直す事なんて絶対に無理でしょ。

もう、私には二度と幸せはやってこないガーン

永遠にこの苦痛と共に生きるんだえーん

 

そうやって、~まわるまわるよ、思考はまわる~て、やってたんですよねグラサン

 

 

で、あの頃私が考える幸せってなんだったのかと言えば、

当時の不幸の連鎖を断ち切ってくれるもの。

それは、

・夫が改心してくれるかも。

或いは

・白馬に乗ったオジさん(笑)がやってきて、私をこの場所から連れ去ってくれるかも。

すっごい他力本願!・・・他人は変わらなし、そんなオジサンはやってきませんって笑い泣き

 

じゃあ、

自分で幸せを見つけるしかないでしょ。

コレ、地味だけど一番着実ですてへぺろ

 

 

人に救い出してもらって幸せにしてもらったら

突き落とされるのも、誰か、人にです。

だから、

しんどくても自力で幸せを見つけに行った方が、結果

長持ちするんじゃないでしょうか。ニコニコ

自分で這いあがってこれる方が、傷も浅そうだし再生も早そうです。照れ

 

徹底的に自分主体に、自分の軸を太く丈夫に養っていく。

支えを外されても倒れないように。

至極まっとうな事です。口笛

 

 

「幸せにして欲しかった

養ってほしかった、

支えて欲しかった

解って欲しかった

わたしはこんなにあなたに尽くしたのに・・・・」ってか!びっくり

 

何考えてたんでしょうね、あの頃の私。

あの頃に戻って言ってやりたいです。

 

この、大バカ者パンチ!DASH!って。笑い泣き

 

 

 

 

落ちていく苦しみってありますよね。

そして、底を感じたら

次は昇って(回復)して行く喜び。

落ちる時と昇るときって、ある時期を切り取ると同じような状況を通るんですが、

心身の感覚が全然違うんですよね。

昇っていく時の高揚した気持ち、その気持ちの中で見える光、感じる空気、

風景が違います。

ほんの小さな光でも、或いは光の兆しでも、感じ出すと心が動きます。

だから、堕ちきったなと思えたら

できるだけ速やかに

光を見つける事に気持ちをシフトした方が効率がいい。ニヤリ

 

光が見えない中で、且つ体調も最悪っていうのが、一番ツライ。えーん

 

調子が悪いと思考が健全な方向に向きっこないし

そもそも、体調最悪だと頭が働かないから思考できません。

ええ、高熱でうなされて改めて解りました。

健全な肉体に健全な精神が宿るとは、よく言ったものです照れ

 

 

 

 

そう言えば、あの頃の私の体調も最悪でした。

なんだかよくわからないんですが、寝込む事が多くなりました。

元々喘息持ちですが、発作が起きるようになったのは子どもの頃以来だし

胃炎はしょっちゅう起こすようになっていたし

初めての膀胱炎、初めてのメンタルクリニック・・・・

初めて顔に青あざつくったし(苦笑)

留置所で一晩過ごしたのも、初めての経験だし。

(あ、これは体調とは関係ないか!てへぺろ

 

 

私の身体って、こんなにトラブル尽くしだっけ???びっくり

 

 

これで私の人生終わったな

あの頃、幾度そう思った事でしょう。

なのに終わらなかったんですね~口笛

そして私は

自暴自棄にも、世捨て人にも、廃人にもなっていません。ウインク

 

だから“オオカミおばさん”と言われりゃ、それもそうなんでしょうね笑い泣き

それでも、

また堕ちても、そこそこ昇ってくると思いますよ、私ニヤリ

 

自力で這い登った先に、楽しみがあることを知ってしまいましたから。グラサン

それを見ないなんて手はないでしょう?

 

そうやって寿命が尽きるまで生きてくんでしょうね。。。。ウインク

 

 

 

 

高熱が引いた翌朝、

アイスで入れたルイボスティーの美味しかったこと!!

 

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飲みたいものが飲める環境と健康に感謝して・・・・

それが私の生きる道ウインク

 

 

 

 

オリンピック、連日熱い戦いが繰り広げられています。

あ、これ慣用句みたいなものですね(笑)

 

 

新聞に目を通すと

「五輪が盗むスポーツの価値 そのとき選手は」というタイトルの記事がありました。

作家:星野智幸氏が寄稿されたものです。

まさに、私がオリンピックに抱いていたモヤモヤ・ウツウツに対して

スコーンっと腑に落ちた内容でしたチュー

 

今回のオリンピックの開催には賛否両論ありますね。

開催された以上、選手には惜しみない声援を送ります。

その気持ちには一点の曇りもないんですが・・・ショボーン

 

選手に惜しみない声援を送れば送るはど、

誰かの思うつぼにハマってるようで、何ともいたたまれない気持ちになっているのも事実です。

誰かのって?それは・・・オリンピックを自分達の利益に変えようとする人達です。

 

私のつたない文章よりは、

本文をそのまま引用した方がわかりやすいと思うので、

少し引用させてもらいます。

 

「今は開催しないでほしいと思う大半の住民の気持ちを踏みにじって、五輪は開催された~

多様性のあり方や不公正への批判や、自分を信じる力や仲間を信じる力。

選手の示すそれらの表現がどれも真摯で全身全霊のものであることを、

スポーツフアンの私は疑わない。

しかしそのようなスポーツの示す価値が、

表されるそばから「ほらね、五輪は素晴らしいだろ」とばかりに

五輪の価値にすり替えらてしまうことに、

スポーツを信じている私にはひどく傷つき、怒り、苛立ち、消耗する。

五輪は、私達のスポーツを信じる心を収奪し、自分達の利益に変えてしまう~」

 

そうなんです、選手達の頑張りには

本当に感動するし、自分の生きる指針を示してもらっているようで

心から応援するんですが・・・

 

どこかで誰かの

“強制的にでもオリンピックを開催して良かったでしょ?”ニヤリ

というゴリ押しの正当化に、私の気持ちが利用されている気がして、

そのモヤモヤがどうしても拭えません。

 

一傍観者である私が感じているくらいだから、

選手は、

さらなるモヤモヤや重圧を背負ってこの大会に挑んでいるんだろうなと思います。

誰もが手放しに応援してくれるわけじゃないといという事をベースにして

自分の持てる力を発揮しなくちゃならないなんて、

どれほどメンタルが強くても、辛いだろうなと察しますえーん

 

 

さて、この記事の結論は・・・・

それはここでは記しませんが、

興味のある方は是非、星野氏の提言に耳を傾けて頂ければと思いますおねがい

 

私達の世代がなしえなかったことも

(なし得なかったのは私達のせいだ、

次世代に申し訳ない…

なんて自意識過剰な悲劇のヒロイン思考には、もうなりませんよ(苦笑))


きっと次の世代が引き受けてくれると思いますニコニコ

それが希望を繋ぐ・・・という事なんでしょうねウインク


 カサンドラだった私的には…

気持ちを搾取されるなんて事は、

もう、絶対ぜったい嫌なのよ⁉️グラサン

 

 

昔むかし

女性の先輩に褒められてありがとうが言えず

「素敵なスカートね、似合ってるわよ」という言葉に

「イエイエ、大したものじゃないんですけどね、

安物なんですよ。ははは」と口早に卑下するばかりの私。

終いには「私あなたを褒めてるのよ?どうしてありがとうって言えないの?」

と言われ疎遠になりました。ガーン

 

 

大好きだった男性に優しくされても

「ありがとう、うれしい」が言えず、

優しくされるほど、困った顔で固まってしまう私に

彼は困惑したのかな・・・結局別れてしまった恋人えーん

 

 

自ら自分の人生を摘んでしまっていたように思いますショボーン

 

あの頃、私がもっと素直に感情を表現出来ていたら

違った今があったことでしょう。

ま、終わったことを嘆いても仕方ないので、それはそれてへぺろ

 

 

じゃあ、なぜ「ありがとうのひと言」が言えなかったのか。

「私に優しくしてくれるのは、お情けなのかもしれない

だから、誰も私のありがとうなんて言葉求めてない。

言ったってどうせスル―されるだけ」えー

 

これが、私が母から学んでしまった思考です。

母が私にそう接してきたから。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

思えば、夫も決して「ありがとう」や「ごめんね」を言わない人でした。

それでも、

「ああ、私と同じ心では思ってるけど言葉にできないだけなのね。

いいのよいいのよ、私は妻だから分ってるからね」と

勝手に気を配り咎めることもしませんでした。

咎めて「もういいよ!」と何日も口を閉ざされてしまうのが辛かったというのも有りますチュー

 

一緒に暮らしていた頃、

脚のオイルマッサージをよくしてあげてたんですよ照れ

 

夫はして欲しくなると

「今日、マッサージする?」と私に言いに来ました。

「マッサージして欲しいんだけど、してくれる?」って言うんじゃないのと返すと

「そんなのは、どっちてもいいんだよ、するか、しないかを聞いてるんだよ」となる。

(いやいや、してもらう方が上から目線になるのはなんで??(笑))

話しがややこしくなるのがしんどかったので、スル―してマッサージをしてました。

 

してもらっている夫は気持ちいいから機嫌が良いんですね。

それは私の喜びでもあったけど、

夫は機嫌よく「やっぱりマッサージはええなあ、」

「マッサージは血の流れを良くするから脚が楽になるんやな」と饒舌になるものの、

「ありがとう」のひと言を聞いたことはありませんでした。

 

 

それでも、私は気持ち良さそうにしている夫を見るのは満足でした。

私、役に立ったんだ・・・おねがい

という承認欲求が満たされたからですね。

今思うと、私が心からしてあげたかったのか、夫の役に立つ私が嬉しかったのか・・・

きっと後者の方が強かったと思います。

 

 

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ずーっと昔の恋人に言われたひと言

「qooはそのままでいいんだよ、

片腕になったって、目が見えなくなったって、寝たきりになったって

そばにいてくれるだけでいいんだよ」

 

この言葉に嬉し気持ちもありましたが、

「そんなわけない!それは綺麗ごとにすぎない、

そんな言葉を本気にして一緒になったら、そのうち必要とされなくなって捨てられる。

何も出来ない私が必要とされるわけが無い」という理屈が頭に浮かびました。えー

その頃は私は本気でそういう考え方をしていたんです。

 

 

これも、我が母の教えたまいし事(笑)

 

 

もう、やめよう・・・・

素直に思ったこと、感じたことを表現できる自分になろう。

そう気付いて、心がけて努力し出したのが、

夫の性格や私との関係を勉強し出してからだから、キョロキョロ

かれこれ7,8年でしょうか。

 

“私が変わらなければ何も変わらない”何百回、何千回自分に言い続けてる言葉。

 

 

最近、

漸く「ありがとう」や「うれしい」や「あなたのおかげよ」という言葉が

自然と出て来る自分に気付いています。

思考も然り。

本当に心から、色んな人や事との巡り合わせを有難いと思うんですよ。

そしてそれを素直にこうやって表現出来る。

どんな人でも私に関わってくれた人はそれだけで嬉しいし愛おしい。

そうすると、その逆も然り。なのかな。

 

嬉しい!私変わってきたんだ!!!ラブ

 

自分で自分を受け入れ始めて

qoo、完成形に近づきつつあります(笑)

 

なので・・・今年が人生最高の自分ですニコニコ

課題はまだまだ残ってますが、達成して変化を感じる喜びはなにものにも変え難い。

来年も人生最高の自分に更新できるように

丁寧に自分の変化を促していきましょう。ウインク

 

 

私が変われば回りが動きだし、今までと違った景色が見えてきます。

それはささやかだけど、消える事の無い希望の光になることを、

私自信が身をもって感じています。

歳を重ねるのも、まんざら悪くないとおもいますよ(笑)ウインク

 

 

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光に導かれて

陽の指す方へ・・・・・乙女のトキメキ