ふと『神様ショッピング』という本の書評が、心に留まりました。

 

 

短編集のようですが、そこに登場するのは、どうしても叶えたい願いを抱えて旅をする人々の姿。

 

 

悪しき願いさえ叶えようとする人、身内との縁切りを願う切実な思い、あるいは「もっと長生きしたい」という本音まで……。

 

 

特に興味深かったのが、「神様も、病院のように使い分けられている」という書評家の表現です。大きな総合病院のような神社もあれば、特定の悩みを聞いてくれる専門医のような神社もある。私たちはその時々の「症状」に合わせて、神様をショッピングするように探しているのではないか。そんな鋭い例えに、思わずクスリと笑ってしまいました。

 

 

 

かつての私が夢中になったこと

その記事を読みながら、「私にとっての神様って、どんな存在だろう?」と、これまでの自分を振り返ってみました。

 

実は私、若い頃はかなりの「神社女子」だったんです。全国各地にある「一宮(いちのみや)」を巡る旅に出ていました。

 

 

当時は、その土地の神様にご挨拶に行くことで、まるで神様と直接「面談」が叶ったかのような、晴れがましい気持ちになっていたものです。不思議な出来事にも何度か遭遇して、「やっぱりお参りって大切!」と心から信じていました。

 

 

 

介護の毎日が教えてくれたこと

けれど、時を経て、今の私が再びあの頃のような巡礼の旅に出るかと問われれば、答えは「ノー」です。

というのも、今は介護の真っ最中。自分のために使える時間はほんの少ししかありません。でも、自由に動けない今の生活だからこそ、かつての私に教えてあげたいことがあります。

 

 

それは、「神様はね、神社にいるんじゃなくて、あなたの心の中にいるのよ」

 

 

外の世界でどんなに大変なことが起きても、心の中にだけは、誰にも邪魔されない穏やかな「神域」。そこを大切に整え、自分の中の神様を敬うこと。それこそが、本当の意味での「心の安寧」につながるのではないかと。

 

 

今の私の「神様感」

もちろん、今でも神社は大好きです! 近くを通れば「こんにちは」という清々しい気持ちで鳥居をくぐります。でも、特別に足を運ばなくても、自分の心の中に自然と宿って、いつも一緒にいてくれるもの……そんな気がしています。

 

 

長い人生の坂道を上り下りしてきた今だからこそ、そう感じられるのかもしれません。

 

 

みなさんは、ご自身の中にどんな神様を感じていらっしゃいますか?

 

 

 

「神様ショッピング」も読んでみたいと思います。