私には跡継ぎがいません。
お墓を守るのではなく、
終わらせるという供養の形を選びました。
こんばんは、misakiです。
一昨年、父を見送りました。
そのあと、私の中でひとつの現実がはっきりと見えてきました。
我が家は、
私で終わりだということ。
ずっと心のどこかにあった
お仏壇やお墓のことに、
きちんと向き合おうと思いました。
どうせいつか
やらなければいけないこと。
それなら、元気なうちに、
自分の意思で終わらせたい。
そう思い、
墓仕舞いとお仏壇の整理をする話を母と進めました。
でも、肝心の母はというと…
嫁という立場ではありますが、
昔からお墓のことには
あまり熱心ではなく
基本的には私任せ(笑)
正直に言うと、
少ないながらも親戚からの
批判はありました。
「まだ早いんじゃないか」
「そこまでしなくてもいいんじゃないか」
「私(叔母)の両親がはいっているんだ」
でも、
その声に揺らぐことはありません。
なぜなら、私はこれまで
祖母が亡くなってから20年近く、
父に代わってお墓のことをしてきました。
そして、その父ももういない。
この先どうなるかわからないものを
曖昧なままにしておくことの方が、私にはずっと不安でした。
だから私は、「続ける」ではなく
「終わらせる」という選択をしました。
もちろん、お金の問題もあります。
墓仕舞いにも費用はかかるし、
お布施もいくら包めばいいのかも
分からない。
でも、
いつか必ず必要になるお金なら、
自分が納得できる形で納めたいと
思いました。
お寺さんにはキチンと伝えました。
わからないことは
めちゃくちゃ聞きました。
父が遺してくれた大切なお金は、
今生きている者のために優先したいということ。
これから先、
これまでと同じようにお寺さんと
お付き合いを続けていく
お約束ができないということ。
跡継ぎがいない私にとって、
形だけのお墓を残して
将来的に音信不通になったり、
管理料が払えなくなったりすることこそが
お寺さんに対しても、
ご先祖様に対しても一番失礼なことだと思ったんです。
「無責任に続ける」のではなく、
「責任を持って幕を引く」
それが私に出来る
供養だと思いました。
幸い、
代替わりされた今のおっさんが
とても現代的な考えをお持ちの方で、
こちらの事情を汲み取ってくださったのが救いでした。
ずっと「背負っている」という
自覚こそなかったのですが
心のどこかでいつも気がかりだったお墓のこと。
ようやく肩の荷が下りた気がします。
お家や、地域によって、
考え方や方法は
本当にさまざまだと思います。
でも私は、
今回の選択をしてよかったと
心から思っています。
「きちんと終わらせること」も、
ひとつの大切な向き合い方だと
今は感じています。
misaki
