声を出して泣いたのなんて何年ぶりだろう。
それくらい大声で泣きました。
本当に本当に双子を愛してた。
たった数週間だったけど、命に代えてでも守りたいと思えるくらい愛してた。
それなのに、心臓は止まってしまった。
わたしのお腹の中で。
しばらくして上司に連絡。
本当は病院からは出社しても良いと許可をもらったのですが、勿論そんな気にはなれず、手術が終わるまでの一週間と術後一週間、計二週間のお休みを頂きました。
なので切迫流産と診断されてから結局一ヶ月お休みを頂いてしまいました。
そして親にも連絡。
これは辛かった。本当に。
電話越しでも母がショックを受けた様子がわかり、とにかく今から私に会いたい。手術もそばにいたいと言われ、私としてはこういう時はほっておいて欲しいタイプなので断るのにどれだけ苦労したか。
あまりにも心配しすぎるので、平然と大丈夫!と言わなければならない状態が本当に辛かった。
全然大丈夫じゃないのに。
そして妊娠のことを伝えてしまった友だちにも連絡。
この時、妊娠報告って簡単にするもんじゃないと思いました。
悲しい報告もしなければならないので。
そして、本当に優しい友だち。
みんな悲しんでくれる。
なんだか更に申し訳ない。
旦那に背中をさすってもらいながら、一通り悲しい報告をし、後はひたすら泣く。
一晩中泣く。
泣くとしかできませんでした。
そして翌日の3月12日
旦那は仕事へ。私は泣いたり、テレビ見たりネットで手術のことを調べたり、また泣いたりしてました。
妊娠中の数週間で知らぬ間に揃えていた妊娠ハッピーグッズが全て辛い思い出になってしまいました。
例えば冷蔵庫をあければ、悪阻対策で買ったグレープフルーツジュースにプチトマト、フルーツ類と旦那のために買っていた冷凍食品。
ネットを開けば恐らく検索履歴から出されるのであろうマタニティ服や赤ちゃんグッズの広告。
テレビを見ればオムツのCM。
そして母子手帳に妊娠記録のノート。
全部全部、辛くて辛くて辛くて。
見たら涙、という状態でした。
そんなときテレビでは東日本大震災の特集が。
旦那と幼い子どもたちを失ってしまった女性。
両親、兄弟を失ってしまった男の子。
そのほか、多くの方たちが懸命に生きる姿が映し出されていました。
この方たちに比べれば私のこの悲しみなんてどれだけ小さいことか。
どれだけ些細なことなのか。
そう思ってはみるものの、やはり涙は止まりませんでした。
自分の弱さを責めました。
こんな辛い思いをしている人たちがたくさんいるのに、こんなことで悲しんでいる場合じゃない。
でも、無理なものは無理で、手術までの一週間ひたすら泣いていました。
