フェレット、はじめました。 -5ページ目

フード譲り先決まりました

ミロが亡くなってからちょうど2週間経ちました。

もうだいぶ普通の生活してます。
さすがに亡くなった当日・前後のインスタはみれないですね~。

リアルタイムの気持ちや状況を一気に思い出しちゃって。
見れるようになるのは当分先かな?

ただ、やっぱりミロの写真を見てると、
改めて楽しい7年間だったなと思います♪


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※決まりましたので締め切りました※


今日は、ストックしていた未開封のフードを欲しい方がいたら、
お譲りしたいなと思って更新しました。

送料のみ(着払い)でお譲りします。

手元にあるフードは、

・イースター フェレットセレクション シニア 500g×4袋
(賞味期限2017年1月)

・シェパードグリーン アダルトフォーミュラ 450g×2袋
(賞味期限2016年8月18日)

シェパグリは、小岩ペットさんでリパックされたものです。

欲しい方がいましたら、コメント、メッセージで
欲しいフードの名前と袋数を書いてください。
全部まとめてでも大丈夫です。
※コメントに個人情報は書き込まないでください

個人情報(名前、住所、電話番号)を双方で教えあう必要があります。

お譲りする方が決まりましたら、こちらからメッセージにて返信いたします。

必然的に、アメブロされてる方限定になってしまってすみません!

近況

※コメントのお返事少しずつしていきます。


写真は2015年11月22日・21:53に撮影しました。

背中がぬれているのは、病院で皮下点滴をしてもらった直後で、
その怒りをスリッパで発散しているところです。

こんな感じで本当に前日も元気でした。

公開するつもりはありませんが、ミロがあまりにも安らかだったので、
最後の写真はスマホにおさめてあります。

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前回のままだと、私がずっと泣いてるんじゃないか・・・と、
ご心配をおかけしてしまう気がしたので、近況報告をしにきました。





土曜日に葬儀社に行き、ミロの祭壇を飾ってきました。
近くに他のお家のフェレットさんの祭壇もあって、
葬儀社の心遣いにジーンときました。

うしろに、大好きだったおもちゃ、おやつ、
ヘアボールリリーフもあります!

ちょうど1週間経った今、ミロの事を考えて笑う時間も増え、
テレビを見たり普通の会話をしたり、日常でも泣く時間が減ってきました。

今、7年分のミロの写真でフォトブックを作ろうと
写真を最初から1枚ずつ見ているんですが、そのおかげで笑顔になれます♪

スマホ版とデジイチ版で2冊作るので、相当な枚数ですが、
旦那も「気の済むようにしたらいいよ」と言っているので、
大好きなミロをたっくさん詰め込みたいと思います。

インスタグラムでも同時に2008年からのミロの思い出写真を載せています。
こちらでも私の心の整理もかねて、2008年から最後まで載せていけたら良いなと思っています。

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棺にいれたお花と、お別れセレモニー用に選んだ写真。
ミロらしい10枚です。

セレモニー中に、この写真がスライドされましたが、
ミロの動きがおもしろくて、くすっと笑うことが出来ました。

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小さなフェレットがついた可愛いお花をミロにいただきました。
(お名前は伏せさせていただきます)

ミロのお骨を迎えに行ったら隣に飾らせていただきます。
お心遣いに感謝します!ありがとうございました。

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そんな近況です。

またもう少ししたら、まだアップしていない写真と一緒に
いつもみたいに更新しにきますね!

ミロの最期


写真は亡くなる日の朝7時半に撮った最後のミロ写真です。
おいしそうにうまうま入りの薬を舐めています。
この後、9時半にもご飯を食べた事が嬉しくて動画を撮りましたが、
動画内のミロは、ご飯をガツガツ食べていました。

この写真が最後の写真というのがミロらしいなと思いました。

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昨日無事に火葬が終わったと連絡がありました。
営業時間内に行く事ができないので、土曜日に祭壇を飾ってきます。

1ヵ月納骨室において供養をしてもらい、その後自宅に連れ帰ってきます。
本当はすぐにでも連れ帰ってくる事も出来ますが、
「(私が)ひきずるから先に供養の方がいい」と。

私もその方がいいかなと思っています。

その後、ミロのお骨を連れ帰ってから、合同永代供養にするか、
返骨してもらうかを決めます。

期限はないので、ゆっくり考えたいと思います。

私も旦那も今のところ永代供養は考えていません。
一番しっくりくるのは、自分でいいなと思ったら、散骨することです。

旦那もできれば自然に返したいと言っていました。

そのためには粉骨してもらう必要があるので、そこも考えなくてはならないです。

今私が意外に冷静でいられるのは、やっぱり泣きたい時は思いっきり泣いてるからかな?

ただただ悲しい。理由はそれだけです。

ミロがもういないことも、実感としてはあるんですが、
今は少しずつ受け入れている状態です。

すごく波があって、私が一番辛いのは、朝起きた瞬間です。
その後は、色々作業があるので、日常に戻されますが、
旦那を仕事に見送った後に、一気に落ちてしまいます。

それから仕事に追われミロの事を考えてる時間がないからか、普通に戻ります。
夜も比較的平気になって、お別れのセレモニー後からは眠れています。

食べられるかどうかは別として、お腹も空くようになってきました。

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これを書くまでにも散々泣いて、人ってこんなに涙が出るもんなんだなと思いました。

ミロを病院から連れ帰ってきて、当日から翌日の葬儀社に預けるまでは、
本当に泣き通しでした。

当然ご飯も喉を通りませんでした。

ただ、23日の夜~24日の夕方までしかミロと一緒にすごせないので、
23日の夜は寝室に連れて行って、24日もほぼ1日撫でたり、
お別れやありがとうをちゃんと言う事が出来ました。

そして、24日に葬儀社に行き、お別れセレモニーもちゃんとしてきたので、
ミロを預けた後、とても晴れやかな気持ちになりました。

葬儀社に向かう途中ふと空を見上げると、とても綺麗な月でした。

帰ってからも変わらず、やっとまともな食事をしたと思います。
その日の夜は、ちゃんと眠れました。

そんな勢いでちょっとだけミロの物を片付けたんですが、
これがいけなかったみたいです。

せめて、少しずつ「今日はこれをここに動かす」って決めて、
ちょっとずつちょっとずつ変化を受け入れていくべきでした。

それをしなかったので、朝からものすごく落ちました。
そして、掃除機をかけながら大号泣でした。

私の生活にミロが絡んでいない事の方が多くて、
「掃除機かけてる間、ケージの扉前で待ってたなー」とか、
「洗濯干してる時も待ってて、「もうすぐだからね」ってよく声かけてたなー」とか。

朝起きると、たいていミロも起きていて、
旦那の朝ご飯の準備と同時進行でお世話してたなとか。

一気にぶわ~~~っときてしまいました。

考えたら1週間の内、土曜日以外は外に出ない私には、
ミロと一緒にいない時間の方が少なかったので当たり前ですね。

この7年に至っては、旦那よりもミロとの時間の方が確実に長かったです。

段々薄れていってしまうんでしょうが、今はミロのにおいを嗅ぎたい時は、
タコハウスに顔突っ込んでます(笑)

長くなりましたが、ミロの成長記録としてはじめたブログ
【フェレット、はじめました。】ですので、ミロの最期もしっかり残そうと思います。


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旅行当日にミロをホテルに預けて、2泊3日の旅行に行きました。

今回は、1日目にミロを預けてそのまま旅行へ。

2泊して、帰りにそのままミロをお迎えにという感じで、
実質、中1日だけ完璧にホテルに預ける感じでした。

ホテルに預ける前。

朝6時にいつも通りにミロが起きてきたので、
ひたひた4g食べて朝の薬を飲みました。

その後8:00に病院のホテルへ。

旅行から帰ってきて、そのまま夕方お迎えに行き、
自宅に着いたのが17:00ぐらい。

その時に、ひたひたを6gも食べました。
いつもだいたい多くても4gぐらいです。

その後、22:00にひたひた3gと薬。
トイレをしたのでチェックすると、おしっこが黄色く
「まさか黄疸?」と思いました。

その日はそのまま就寝。


翌日・11月22日(日)

トイレにしてあったおしっこの色は変わらず黄色。
いつもは朝起きると減ってるはずのフードは減っておらず。

7:45に、ひたひた5gと朝の薬。
おしっこの色は変わらず黄色。

10:40に、ひたひた2g、おしっこの色変わらず、肉球も鼻もピンク。

この時点で、ご飯を食べなくなってきたので、
やっぱり黄疸が出てるんだろうと思いました。

17:30ひたひたあげるもほとんど食べず、給餌3-4g。

何か食べないとまずいので、とりあえず給餌しましたが、
嫌がる事もなく食べてくれました。

実は、ミロが病院にいる間と、この時点で、
いつも診察してもらっている院長が不在でした。

ですが、これはちょっとまずいと思ったので、病院に電話しました。
「何もなければ20:00には戻ってくると思います」との事だったので、
もう一度20:00頃に電話をし、すぐ病院へ行きました。

20:30病院。

病院に着いて、ミロも顔を出したり周りを気にしたり、
特にグッタリ等はしていませんでした。

体重測定(680g)、触診、聴診器、検温問題なし。
診察台でおしっこをしてしまったので、尿検査をすると、
ビリルビンの数値が高く、「やはり黄疸が出てます」と。

そこから血液検査をし、数値が高目ではあったものの肝不全にはなっておらず。
皮下点滴と肝臓の薬を注射してもらいました。

「明日のお昼位までに自分でご飯を食べなかったら連絡ください」との事でした。

帰ってきたのが21:30頃で、ひたひた2g食べてこの日は寝ました。
(肝臓の薬を打ってもらったので薬はあげなくて良いとのこと)


翌日・11月23日(月)

7:30ひたひた2-3g、薬、おしっこ黄色。
夜の間にしたうんちがちょっと色素が薄い気がしましたが、
まだちゃんとした茶色でした。

ただこの時点で自分でひたひたを食べていたので、安堵しました。

9:00ひたひた3g、おしっこ少し薄くなる。
この時点でおしっこの色もかなり薄くなりました。

インスタグラムとツイッターにはリアルタイムでミロの様子を載せていましたが、
この時点で私は、「これならこのまま大丈夫かな?」と喜んでいました。

この後、12:00ちょうどぐらいに起きてきたので、
ひたひたをあげるもほぼ食べず。おしっこがまた黄色に。

迷うことなく病院に電話をし、「入院した方がいい」とのことで病院へ。

タコハウスで寝ていたミロを旦那が起こしに行き、キャリーの中へ。
この時も、グッタリなどはしておらず、キャリーの扉を少しホリホリしていました。

ただ、後で聞いたら、「俺、タコハウスで寝てるミロ起こそうとしても起きてこないし
もう死んじゃったんじゃないかと思った」と言っていました。

13:00過ぎにミロを預け、その3時間後ぐらいに病院から着信がありました。

まさか亡くなったという知らせだと思わなかったので普通に出ると、
院長から「ミロちゃん先ほどお亡くなりになりました」と言われ、
「えっ?」と発したまま何も言う事が出来ず。

その後は、ほんの少ししかやり取りしていませんが、自分の声が震えていました。

「気持ちが落ち着きましたらお迎えにきてあげてください」と言われ、
「今日じゃなきゃダメですか?」と変な質問をしてしまいました。

そのまま電話を切って号泣。
旦那はそれを見て察し、「だめだったかー」と言いました。

その後、ちょっと落ち着いたので、旦那に病院に電話してもらい、
ミロをお迎えに行きました。

幸い、この日は病院の休診日だったので、1組の患者さんだけでした。

診察室に呼ばれ、院長から話がありました。

12:00に私が病院に電話をした時、院長はオペ中でした。

ミロを預けたのが13:30過ぎで、14:00にオペが終わった後に見ると、
ミロはまだ普通に動いていたそうです。

その後、亡くなったという連絡をもらう直前に様子を見たら、
「ミロちゃん寝てるな」と思ったそうですが、確認すると、
そのまま寝てる姿のままで亡くなっていたとのことでした。

先生からしてもあまりにも急で、
「奥様が電話で「えっ?」と言ったように、本当に突然でした」と言っていました。

「それじゃ本当に眠るように亡くなったんですね」というと、
「そうだと思います」と。

それを聞いて穏やかな最期でよかったなと思いました。
対面したミロは、本当に眠ってるだけのようで、まだ温かかったです。

診察室を出ると、さすがに旦那も少し泣いていました。

何が原因かは分かりませんが、私はもちろん、
先生も、まさか亡くなるとは思っていなかったので、
本当に「急変」だったんだと思います。

最期に立ち会うことは出来ませんでしたが、
病院に着いてから治療前だったので、
痛い思いや嫌な思いをせずによかったと思います。

また、旦那がミロをタコハウスから出す時に、
うまうまをあげたと言っていて、それもよかったです。

病院では、取り乱すことなく、
ちゃんと院長に今までの御礼を言う事が出来ました。

帰りの車内で、「こうすればよかったかな」
「ああすればよかったかな」という私に、
「それは結果論だよ」と旦那が言いました。

たったそれだけの言葉ですが、後悔しないことは絶対に無理だけど、
過ぎてしまったことに、憶測で色々考えても何も変わらないんだなと、
素直に受け入れる事が出来ました。


7年2ヶ月。

ミロには、本当にたくさんの癒しと笑いをもらいました。
本当に本当に大好きです。

私が死ぬまで思い出さない日はないと思います。

まだ全部アップしていない写真もありますので、
またしばらくしたらその写真と、気持ちの整理も兼ねて、
ミロの思い出を振り返りたいと思います。

コメントをくださりありがとうございます。
ひとつひとつ何度も読ませていただいています。

まだ涙が出てきますが、読むたびに少しずつ受け入れていけてます。
お返事が出来なくてすみません。