たうさんへ

お返事、本当にありがとうございました。
読むのも書くのも大変だったでしょう。

先ず、私の突然の頭の悪いクズメールで、たうさんに本当に不愉快な思いをさせてしまったこと、心より深くお詫び申し上げます。

たうさんの返信で、私のメールの「(たうさんが、他者を)攻撃している」という風に書いてあるとも取れる類の記述について、たうさんは、私も訪問看護師さんも、「誤解している」というようなことを書いてあったと思いますが、たうさんも私の発言を誤解しているのではないか、と思います。

これは、私の言葉足らずですし、表現が凄く下手だったので、大変申し訳ないです。

>「自分が理不尽にひっぱたかれたときに『叩かれる自分が悪いんだ』と無条件に自己否定するのをやめること。
>そのステップとして『理不尽に他人を叩くなんて最低だ!』とやっている。
>自分を取り戻すためにとても大切な作業をしている。
>面と向かって悪口を言ったり攻撃していない。

これは本当に言葉足らずで誤解を招きましたが、たとえ「ステップ」、「作業」であれ、面と向かってではないにしろ、ブログに「バカ」や「クズ」という言葉を載せたことは事実なので、そういう作業をして得られた健康とはぢういうものなのか、又、その後どうなるのかということを訪問看護師さんにお聞きしたのです。

攻撃をしているのではない。
目的や理由があり、ステップ、作業として行なっていることである。
それでも私は、その上であってでも、「バカ」、「クズ」という類の言葉が思い浮かぶ、打つ、載せるということがどういうことなのか、その後の自分の人生に、どういう影響を及ぼすだろうということが、自分ではわからなかったのです。
否定はしませんけれど、私は疑問だったのです。
そこで私は、理由や方法の為に、罵る作業をして得られた健康とはどういうものなのかということを、訪問看護師さんにお聞きしました。

次に、「成功」という単語を書いて、たうさんを「心底驚かせ」ましたが、これのついてもやはり、お互いの「成功」という単語に対する認識の違いではないかと思うのです。
これも私の説明不足で、私のミスです。

たうさんも目的があってカウンセリングをしたり、ブログを書いたり、一生懸命闘っているのではないかと思っているのですが、私は、たうさんが、その、目的に、少しでも近づけたなら、それは「成功」だと考えます。

それから、泣くときもある、辛いときもある、後戻りすることもある、後悔だって、自己嫌悪だって、色々な時があるだろう。でも、たうさんがブログに書いて下さっているような、「楽しい瞬間」が一瞬でもあること、「「幸せ」だと思える瞬間が一瞬でもあること、それも私は「成功」だと思います。

これからの人生で、「自殺」に終わったり、「死刑囚」にならないで、「幸せだと思える瞬間を増やしていければ、それを指して私は「成功」したのだと思っているので、そういう意味で「成功」という単語を使いました。

たうさんは「まるで成功こそが幸せだとでも思っているような口ぶりだな」とご返信して下さいましたが、これもたうさんと私の、単語に対して込める意味合いが違っているのだろうと思います。
私は、「幸せな瞬間がある、ということが、成功」だと認識しているのです。
大きく解りやすく言うと、「成功こそ幸せ」ではなく、「幸せこそ成功」です。

たうさんは夜送った私のメールに、朝の5時59分にご返信をして下さいました。
1通のメールの中に、「正直不快」、「すごく腹が立った」、「本当に腹が立つ」、「どうしても腹が立ってしまう」、「ふざけるな」などという激しいお言葉が書かれておりました。
そのお言葉から、貴女が「今、この瞬間に、七転八倒しながら生きているという事実」は、頭の悪い私ですら、推測がつきます。

たうさんは「恐らく悪意はないであろうことは理解しているつもり」と言いながら(知りませんよ、その言葉が、本心でないとか、皮肉とか、どんな意味で言っているのか、病気の私にはわかりません。)、ただ、その、悪意を持たない人間に対し、「不快」「ふざけるな」「すごく腹が立った」「本当に腹が立つ」「どうしても腹が立ってしまう」というお言葉を入れてご返信を送って下さいました。

初対面の人間に送るメールに、こういう激しいお言葉を入れたこと、「そのメールを送った事実」。
そこに違和感や疑問はお持ちにならなかったのでしょうか?
七転八倒していると、どんなことをしても当たり前なのでしょうか?
など、様々な疑問というか、考えも、瞬時に思いつきましたし、たうさんのメールから、私は、様々なことを様々な観点から思いました(勿論私の主観であり、真実ではないでしょう。たうさんは私ではないので、私の考えたことは、推測できないだろうと思います)。

私の感覚としては、私が送ったメールを見て、「この人は(たうを)誤解しているな」と思ったら、「頭の悪いメール来たね」で、流して終わりとかかなと思います。

たうさんは、私の突然の頭の悪いクズメールに、七転八倒しながらご返信を返して差し上げて下さった。

今、とても苦しんで闘っていらっしゃるたうさんに何か言うと、正直、どんなギョッとする激しい恐ろしい罵りの言葉が返ってくるのかと、とても恐ろしくて仕方がないのですけれど、誠意を込めて精一杯ご返信を下さったたうさんに、私なりに誠意を持って、恐ろしい返信を恐れずに、精一杯発言するとすれば、そんなに次から次に腹が立つたうさんの(相当の)辛さを察し、

『心配しています』。

(この辛さは、私がたった1通愚メールを送った途端できたという単純なものではなく、もっと大きな括りで、辛いのだろうと私は勝手に推測しております。)

病気持ちなのと(私事ですが最近特に具合が悪く、ますます頭が働きません)、機械操作が苦手な為、又しても乱文、長文、頭の悪い下手な文章、内容しか書けませんでしたが、私なりに誠意を持って返信したつもりです。

又嫌な思いをさせてしまったら、大変申し訳ありません。
ご親切に本当にどうもありがとうございました。

さくら
P.S.「面と向かって悪口や攻撃をしていないし、何でもかんでも怒りを撒き散らしている訳ではない」、とのことですが、私は理不尽にたうさんをひっぱたいたのでしょうか?
顔は合わせていなくても、このような言葉は、面と向かった攻撃と言えないでしょうか、とも思います。