お久しぶりです!
一つ前の投稿から随分と時間が経ってしまいました。
さて、日付が変わり東日本大震災から10回目の
3月11日が終わりました。
本来ならば大学も春休みであり、浪江に足を運びたかったところですが、私がコロナを持ち込んではいけない。残念です。
小学4年生だった私は、今年大学3年生になります。来年の今頃は就職活動に追われ忙しくしていることと思いますが、どこで就職するのが正しいのか、浪江に戻る選択肢も含め悩む日々を送っています。
11日、震災関連の番組や報道が一日中、放送されていました。宮城、岩手、福島、東北の今、復興の為にご尽力されている多くの方の存在を改めて感じました。その中には私と同じ世代の若者の姿も多く見られました。
私は何をした?
浪江のために何ができたのだろう。
そう考えた1日でした。
浪江のことが大好きだったのに、
どうしても震災前の浪江を思い出してしまう。
今の浪江と向き合わなければいけない。
もう前を向いている人がいる。
少し前まで明確に覚えていたのに、少しずつ曖昧になっていく記憶。それがとても怖いです。
それは、幸せだった大切な思い出も、
伝えなければいけない震災の記憶も。
どちらもです。
10年。短くも感じ、長くも感じます。
きっと10年が節目ではありません。
大切な人を失った悲しみは、
きっとこれからも、その人の幸せな瞬間にも付き纏います。
大切な人を失った人
大切な故郷を奪われた人
大切な物をなくした人
あの震災で何か苦しみを味わった人
全ての人が今日この日、同じ思いでいたこと
それが何よりも心強い。
多くの人が気持ちを寄せ、思い出す。
何よりも大切なことです。
私の家は解体が終わり、跡形もなくなりました。
浪江にある小中学校も、震災遺構となる学校以外は取り壊されます。
いつか、私の知らない浪江になってしまうかもしれない。それでも、見守ります。
10年間過ごした、とても大切な場所です。
コロナが落ち着いたら、一歩一歩すすんでいる
浪江町の様子を見に、遊びに行きます。
浪江が大好きです。
mirinan