みらいやの小説創作日記 -2ページ目

新作、100枚を超えたところで一旦休止


 毎日休むことなく3枚ずつ書いてきた新作だが、さすがに春の締め切りが間近になったので、ここで一旦休止して、前作の推敲と再応募作の見直しに集中しようと思う。だす予定の春締め切りの賞に全部だして、すっきりしてから、新作に戻ってこようと思う。
 その新作は、どんどんシリアスで重い話になっている。もうライトノベルの範疇には入らないかもしれない。エンタメ寄りの中間小説といった感じか。というわけで、精神安定剤の役目は果たしてくれないので、書いていて充実感はあるものの、結構つらい。書き始めた以上、最後まで書き切るつもりだが、自分はやっぱり前作のような、穏やかなコメディ調のもののほうがあっているかもしれない。迷いつつの執筆となっている。
 まあ休止期間に考えが変わるかもしれないし、つらくない方向のアイディアが出てくるかもしれない。ほかの作品の推敲をしつつも、新作の今後の展開も考えてみようと思う。

新作、第1章終了


 新たな作品も、少しずつだが毎日休むことなく書き続け、74枚で1章が終わった。自分がいままで書いてきた話とは雰囲気が違うが、小説にはなっていると思う。キャラたちも、いい感じで動いてくれている。いままでの鳴かず飛ばずなものとは違う評価が出てくればいいのだが……。
 引き続き2章に入っていて、書ける状況ならどんどん書いていきたいという気持ちが強いのだが、もう2月。さすがに前作の推敲にも力を入れないと、春の締め切りに間に合わなくなってしまうということで、新作執筆のほうは少しセーブすることにした。執筆感を鈍らせないために毎日書くことは続けるが、3枚ぐらい書けたらそれ以上先には進まず、推敲作業に移ろうと思う。
 とりあえず前作の推敲を終わらせて、この春再応募にかけるストックを見直して、春締め切りの賞に全部応募してしまわないことには、新作には集中できない。推敲や見直しや印刷などは面倒で、楽しくもない作業だが、先になんとかこなしてしまおうと思う。

次作、執筆開始


 先月書き終えた作品の推敲もまだまだ残っているが、新たな作品を書き始めてしまった。10月下旬から毎日書き続けていたこともあって、何か書いていないと落ち着かなくなってしまった。虚無感のようなものに襲われて、些細なことでイライラすることも多い。完全に、中毒症状そのものだ。対処法は、書くこと、書き続けることしかない。
 推敲も大事だし、推敲しなければ作品は完成しないが、推敲はある意味事務作業なので、どんな精神状態でもできる。執筆モードに入っているいまは、とりあえず新作の執筆を優先して、余裕のあるときに前作の推敲も並行して進めていくことにしようと思う。
 理想は、春の締め切りまでに両方仕上げること。やはりストックより、新作のほうが期待は持てる。新作2作突っこめれば、少しは選考結果を待つ楽しみも増えるだろう。
 今度の話は、児童系にはなりにくい、救いのなさそうな、リアル系の話になりそうだ。とはいえ、ファンタジー要素も入れるので、ライトノベルなら王道に近いかもしれない。まだ20枚ちょっとしか書いていないが、キャラたちは早くも動き始めてくれている。シリアスな結末になるにせよ、また十分楽しめそうな気がする。

・先月お知らせした、アルファポリスの「エッセイ・ブログ大賞」は、最終候補の4作に残ることもなく、落ちていました。ともかく、投票してくださった方、ありがとうございました。ブログは小説と違って完成形はありませんから、来年もまたエントリーしてみます。

5年目の年の始めに


 2005年から始めたWebでの執筆日記も、5年目に入った。過去ログはすべて公開しているので、読んでもらえればわかるが、何かこの4年間、同じようなことを繰り返していただけのような気もしてくる。
 投稿結果は締め切り日を基準に考えているので、まだ確定はしていないが、いまのところ去年の成績は、一次通過のみ5本。一次通過率はあがったが、すべて二次で落とされていては話にならない。進歩していないのではないかと思えてしまう。
 まあ実際、書けば書くだけ伸びる歳ではないし、書き続けたからといって目を引く尖ったものが書けるようになるわけでもない。地道に弾を増やしていって、いろいろなところに応募して、こんな自分の作風でも受け入れてくれるところを探すしかないように思う。
 とはいえ、賞の結果は進歩なしだとしても、書く感覚自体は、かなり変わってきている。結果が変わらないのだから、進歩とはいえないのかもしれないが、前より楽に、楽しんで書けるようになった。次は何を起こそう、何をさせようと、悩むことが少なくなり、勝手にキャラが動いてくれるようになった。それに伴って、書くスピードもかなり速くなった。あまり苦もなく、長編を短期間で書き切ることができるようになった。これは、デビューしてプロとして書くにしても、アマチュアのまま楽しみとして書くにしても、心強い武器だと思う。詰まることなく、どんどんマス目が埋まっていく感覚は、忘れないようにしたい。
 あとはこの4年で、ネットを通じたつながりが多くなった。このつながりは、間違いなく自分の力になっている。投稿作を実際に読んでもらうこともあるし、先にデビューして行った人の刺激をもらうこともある。賞やレーベル、作法に至るまで、情報もいろいろもらっている。Webの日記を続けていて、一番よかったのは、このつながりだ。
 そんなに頻繁に更新はできないと思うが、今年もこの日記を続けていこうと思う。

新作、初稿完成


 291枚で、新作が完成した。10月下旬に執筆を再開してから、結局1日も休むことなく書き続け、約2か月で書き切った。執筆休止前の14枚分を含めても、2か月半ほどで長編が1本仕上がったことになる。
 大事なのは意志と意地のような気がする。とても書けるような状況ではなかったし、実際1時間も時間が取れない日があった。それでも1日最低2枚は書くという意志のもと、意地で書き切った。これはかなり自信になった。
 あと大事なのは休まないこと。1日でも休んでしまうと、勘を取り戻すのに時間がかかり、エディタの前で唸ることになってしまう。毎日少しずつでも書いていると、それがないし、自然に物語世界に入っていける。また書いていない時間でも、頭の中にその世界が残っていて、無意識のうちにいろいろ展開を考えていられる。これも毎日原稿に向かえばこそだ。
 新作は春締め切りのどこかの賞に送ることになると思う。それに向けて推敲もしなければならないのだが、せっかくつくった書く習慣を、途切れさせるのももったいない。あとやっぱり、推敲なり構想なりでは、自分は小説を楽しめない。実際に書いて、キャラが動いてくれないとおもしろくない。その楽しみのためにも、すぐに次の作品を書き始めたいと思う。キャラと大雑把な設定だけ決めて、あとはキャラが勝手に動くのに任せてしまってもいい。
 だが、次作も少しずつ進めつつ、とりあえずは書きあがった新作の推敲に力を入れたい。賞にだす以上、完成度はあげないといけない。どうせ落選するにしても、納得したできで勝負したい。

新作、クライマックスへ


 10月末に執筆を再開してから、どんなに忙しくても、どんなに疲れていても、毎日必ず書くようにしていて、新作は250枚を超えてクライマックスに入った。書こうという意志だけあれば、どんな状況でもわりと書けてしまうものだなと思った。
 さて、新作はクライマックスということで、シリアスな場面に入っている。展開は相変わらずキャラ任せのところもあるが、小説として形にするために、ストーリーがキャラを引っ張っている節もある。
 仕方のないことだが、いつも終盤は書くのに頭を悩ませ、楽しみよりも苦しみが出てきて、進みも遅くなってしまう。自分はやっぱり中盤が好きだ。キャラが固まって、それが自由に動いて、軽いやり取りをして楽しませてくれる。そんな日常場面だけでもいいのかなと、頭の隅で思いつつ、やっぱり小説全体を締めるためにシリアスなクライマックスを作っている。これが前の記事で書いた、折り合いのひとつだ。
 クライマックスを抜ければ、日常場面を楽しめるエピローグが待っているので、なんとか乗り切ろうと思う。

小説に求めるもの


 GAの評価シートをもらって、自分が小説に求めるものについてあらためて考えてみた。
 今回に限ったことではなく、よくいわれるのが、物語が平坦で盛り上がりに欠けるというもの。GAのいう、可もなく不可もないというのも、要するに平凡だということだろう。
 でもよくよく考えると、自分が好きなもの、求めるものは、そういう穏やかなもののような気がする。現実とは別の物語世界入っていって、その空気感とか、何気ない会話ややり取りとかを楽しむ。書いていても、読んでいても、楽しいのはそういう場面だ。緊迫した場面とか、心が痛む事件とかには、できれば遭遇したくない。ただただ穏やかで、心が和む世界がひろがっていればいい。殺伐とした、救いのない世界は、現実だけで十分。自分は小説に、ハラハラドキドキの冒険や、スリルは求めていない。心が疲れるような刺激も要らない。逆に、精神安定剤となるようなものがほしい。それに、現実を肯定的に見られる、現実に対する勇気をもらえるような要素があれば、さらにいい。
 そういう感じなので、書きたいのはストーリーではなく空気感ということになる。だから当然、プロットもろくに立てないという書き方になる。
 ライトノベルの書き方ではなく、純文学の書き方に近いのだろう。純文学の新人賞であらすじを求めるところがないように、ストーリーなど要らないが純文学だ。でも自分の話は、穏やかなだけで深いものは求めていない。人や世界の醜いところは要らない。表層だけでもいいのだ、求めているのは、現実とは違う理想の場所なんだから。だから純文学の賞にだしたところで、一次すら通らない。ジャンルでいえば、純文学でもないということだ。
 もちろん自分の小説でも、小説としての体裁を整えるために、緊迫した場面や事件も入れている。でもそれは、本意ではないように思う。前に講談社児童の選評で、石井先生が指摘してくれていた――「ミストバレーという架空の町を自転車で走り抜ける女の子をイメージすること自体が作者の楽しみなのかもしれない。貧富の差や差別、父親探しなど、シリアスな題材が出てくるけれど、それは物語の主線ではないように思った」。まさにそういうことなんだと思う。
 こういった作風は、やはり商業ベースには乗りにくいように思う。もらうアドバイスも、逆向きのものがほとんどだ。そのアドバイスに、乗れるものはできるだけ乗ろうと思うが、やはり無理を伴うだけに難しい。理想の場所からはみだすものは、書いていてつらくなる。
 そこをどう折り合いをつけていくかだろう。好きなものを貫いて、アマチュアとしてやっていくのもひとつの手ではあるが、できればより多くの人に読んでもらいたいし、小説により時間を割くための収入もほしい。根本のところは自分の理想とする小説像を崩さず、そこに向かう道は、アドバイスに沿ったものにして、より読者の興味を惹くようにする。そんな試行錯誤をしつつ、新作を進めている。

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新作、第二章完成と、GA評価シート


 新作は、400字詰めで176枚まで行き、第二章が終わった。あとは最終章を残すのみ。全体で250~300枚という、応募先には困らない、ちょうどいい枚数になりそうだ。
 書く習慣がだんだん身についてきて、一章より速く、順調に書き終えることができた。この勢いのまま最終章を書いて、年内には終わらせたいという気持ちが強いが、いつものように、終わってしまうのが残念な気持ちもある。客観的なできは自分でははっきりわからないが、それだけ物語やキャラに入っていけてるんだと思う。逆にそうでなければ、厳しい状況の中で書き続けることはできない。
 とにかくあと一章、楽しみながら書いていきたい。

 評価シートのほうだが、電撃のほうは国内の住所に送られたらしく、すぐには見ることができない。GA二次落ちのシートは、今日無事届いた。この国の玄関口の空港が閉鎖される前に着いていたようで、混乱に紛れなくてよかったと思う。
 内容だが、公開はしないようにということなので詳しくは書けないが、自分の欠点を端的にいいあらわしてくれていた。無難にまとまっているので一次は通るが、それ以上可もなく不可もなくなので、二次は通らない。それを具体的に例をあげて示してくれているのみならず、こうすればもっとよくなるという代替案までだしてくれていた。それがみんな納得のいくもので、紙の上とはいえ、編集者に直にアドバイスをもらっているような感じだ。いままで他所でもシートをもらってきたが、こんなに具体的で的確なものは初めてだ。全体的に徹底的に駄目だしされているが、好感の持てる、もらって役に立つシートだったと思う。1回後期はもうだしてしまっているので、同じような駄目だしをされるかもしれないが、来年の2回目以降にだすときには、できる限り、指摘された欠点をなくしたもので望みたい。

プロットについて


 新作は、全3章のうち2章の半分まで進んだ。ちょうど折り返し地点だ。ここまで来ても、キャラがいい感じで期待を裏切った動きをしてくれる。書いている本人でさえ、意外性を感じて楽しめる。
 関連して、前の記事で書いたプロットについての考えを、もう少し掘り下げて書いておこうと思う。
 プロット先行で書くメリットは大きいだろう。プロなら、まずプロットをだして、編集のOKが出てから書くのが普通だ。自分も書き始めた最初のころは、まずがっちりプロットを決めて書いていた。そうすると、途中で詰まることなく、最後まで書くことができる。効果的な構成も、全体を見渡して考えることができる。
 でも、おもしろくない。ネタバレしている小説を義務感だけで読むようなもので、執筆が単なる事務作業になってしまう。プロット先行で書いていた初期のころは、執筆はつらいと思うことのほうが多かった。だからこそ、筆も遅くなるし、途中でとまったり、やめてしまったりもする。おもしろければ、どんなにほかの仕事が忙しくても、疲れていても、書くことができる。書くことが救いや癒しになるわけだから。生活に余裕のないいまは、楽しめないのなら書けないと断言できる。
 だが、プロの登竜門である賞に応募している以上、おもしろいつまらないだけで判断してはいけないだろう。プロット先行にはほかにもマイナス点がある。キャラが死んでしまうのだ。書いているうちにキャラが勝手に動きだしても、最初に決めたプロットに沿うように言動を強制しなくてはいけない。これはせっかく生きてきたキャラを殺す行為に等しい。
 そうして自分の場合、実際に書きだす前に、物語世界から一歩引いた状態で考えたプロットなどより、書きだして、物語世界にどっぷり使って、自分が考えるというよりキャラが勝手に動いてくれた展開のほうが、よりおもしろいものができる。実際に書くことでその世界に深く入っていかないと、これといったいいアイディアが浮かんでこない。知性ではなく感性で書いているといった感じか。
 ということで、アマで余裕のない現時点では、プロットを考えずにキャラに任せる書き方で行くしかないように思う。途中でストーリーが破綻する危険性もあるし、推敲時の作業も膨大になる可能性があるが、そうしないと気力もアイディアも続かないのだから、仕方がない。厳しい状況下でも最後まで小説を書き切る、自分なりの秘訣ともいえる。

新作、第一章完成


 あまり時間が取れない中、それでも毎日無理して書き進めているうちに新作の第一章が終わった。400字詰めで80枚。30分アニメでちょうど1話分ぐらいの分量だと思う。3話分で文庫本1冊といったところか。あと2章書いて完成といきたい。
 疲労もある状態で毎日細切れで書いてきた。当然完成度は低いだろう。推敲でなんとかできるレベルかどうかわからないが、いまはとにかく書き続けることを優先しようと思う。書かなければスキルもモチベーションも落ちるのみ。書いていれば、この作品は駄目だとしても次にはつながる。短い時間でも、書いているときは楽しめているので、それでいい。
 手探りで書き始めた今回の話だが、書いているうちにいいラストが浮かんできた。自分はやっぱりプロット先行はきついようだ。実際に書き始めて、キャラや作品世界にどっぷり浸った状態でないと、いいアイディアが出てこない。プロなら先にプロットをださないといけないだろうから、これでは駄目なんだろうが、アマチュアのうちは自分の好きなやり方で書いていていいんじゃないかと思う。
 執筆を再開してからまだ一日も休んでいない。このまま最後まで走れれば、「どんな状況でも書ける」という自信になるのだが、果たしてどんなものか?