同窓会報に文章頼まれたこともあり、1500字ぐらいで文章書いてみました(ちなみに会報は800字…なので削らなければ)。
私の内容は下記のような感じで、それぞれのパラグラフをもっと具体的に長く書いていく予定です。なのでこれは「アブストラクト」みたいなものと考えてもらえればと思います。
教育部で実務家による講義となると、テレビ、新聞、出版、広告の授業が多いが、今年度は映画についての講義があった。夏学期に開講された「実践情報社会論Ⅲ(日本における合作映画または国際共同コンテンツの将来性)」である。映画について講義が行われるのは、社情研時代の山田洋二監督の講義以来○○年ぶりで、教育部史上でも2例目という話だ。担当は「パッチギ!」「フラガール」で知られる映画プロデューサーの李鳳宇先生。
平生の関心から新聞やテレビには詳しい教育部生だが、映画については多くを知らなかった。学期の始め頃は先生から「こんな有名な映画も観てないんですか?」という苦言を呈されたこともある。TSUTAYAでビデオを借りて研究室で見たり、早稲田松竹に行ったりして、なんとか少ない映画の知識を教育部生で埋めようと努めた。日本特有の商習慣である映画館のブロックブッキング制や製作委員会制の問題点、賞をとる映画と商業的に成功する映画の違い、映画製作秘話や苦労話など、講義内容は多岐に渡った。映画は芸術であるとともに、ビジネスとしても成功しなくてはならない両義的なメディアなのだと再認識させられた。
昨今、日本のコンテンツは世界でも人気を集めている(と、言われている)。しかし、海外のレコード店に陳列されている映画のDVDは、まだまだ黒澤明や北野武が大半を占め、専らバイオレンスな作品ばかりである。日本のコンテンツが世界に正確に理解されているとは未だ言える状態に無い。一方で2010年の邦画は、(良し悪しは別にして)テレビドラマの続編、または過去に流行ったアニメやマンガの実写化ばかりであった。「日本人しか楽しめない映画」ばかりが作られるようになり、海外展開は(アジア圏を除いて)さほど成功していない。日本の産業の内向化、ないし「ガラパゴス化」は何もケータイ電話や家電製品だけに言える問題ではなく、邦画さらには日本のコンテンツ全てにも当てはまる問題なのかもしれない。
「合作映画の企画書を書いてきてください」。これが先生が提示した講義の課題であった。先生が早稲田大と京都精華大でも同様の講義を持っていることもあり、福武ホールにて3つの大学で合同の品評会が開かれた。『蝶々婦人』の映画化、日本で生活する韓国人留学生の恋愛物語、中国の受験戦争とカンニングをテーマにした社会派ドラマなど、様々なアイデアが学生から提案された。「予想以上に面白いものになりました」と先生や参加いただいたゲストの映画監督や俳優の方々からも嬉しいコメントをいただいた。しかし、ここで単なる学生の品評会としてだけで終わらせないのが本職のプロデューサーのすごいところだった。「韓国にこのプラン持って行きましょう」。釜山国際映画祭に学生のアイデアを3つ、ブース出展に出したのである。
私もその案の1つを書いたこともあり、映画祭に同行させてもらった。初めて足を踏み入れる華やかな映画の世界。六本木ヒルズの一部で行われる東京国際映画祭とは異なり、釜山市内中のホテルや商店、映画館が映画祭一色に染まっており、映画祭が市を上げて行われているのが見て取れた。先生が海外映画の買い付けの商談や食事に出かけている間は、学生のみでブースの運営を行った。韓国の映画ファンド、シンガポールのプロデューサー、アメリカのバイヤーなどがブースを訪れた。一介の学生である自分たちの企画を最前線で活躍されているプロ売り込むのは実にハラハラしたが、「面白い」「これは映画に向いた話だ」「この企画は金の匂いがする」と建設的な意見を多くいただけ自信がついた。一方で「このストーリーは日本人の観点から書かれている。韓国人の脚本家も混ぜたほうが良い。」というようなご指摘もいただき、国際合作の難しさを痛感させられた。日本で売れたからアジア圏でも世界でも売れる、という時代ではない。最初から世界を視野に入れた作品作りをしなければ、通用しない。
「脚本はいつ完成するのか」という質問も何度もいただいた。私が授業で提出した企画は結局まだまだ「単なる思いつき」に過ぎない。それをいかにして、映画化に耐えられる脚本にしていくのか。私たちの学生のブースに多くの人が来てくれたのは、著名なプロデューサーの後ろ盾があったからである。面白い企画(思いつき)を、脚本にしても面白いままで、さらに映画になっても面白いままに昇華させるにはハードルがいくつもある。今まで一観客として「ここがダメ」「あそこがつまらない」と難癖をつけて観てきた映画だが、実は思っていたよりも複雑で作るのが難しく、奇跡のようなものなのだと感じられた。まだ企画段階にしか関わっていないにも拘わらず、である。
講義は夏学期で終わってしまったが、現在でも企画の詳細や映画のストーリーを李先生を交え、教育部と早稲田大の有志で引き続き話し合っている。素人集団でありながら、映画の「実践」に足を踏み入れた私たちは、なんとか自分たちの「思いつき」を形にしたいと思っている。