福音書により、12使途の名前に多少違いがあります。
6:12このころ、イエスは祈るために山へ行き、夜を徹して神に祈られた。
6:13夜が明けると、弟子たちを呼び寄せ、その中から十二人を選び出し、これに使徒という名をお与えになった。
6:14すなわち、ペテロとも呼ばれたシモンとその兄弟アンデレ、ヤコブとヨハネ、ピリポとバルトロマイ、
6:15マタイとトマス、アルパヨの子ヤコブと、熱心党と呼ばれたシモン、
6:16ヤコブの子ユダ、それからイスカリオテのユダ。
ヤコブの手紙
2:8しかし、もしあなたがたが、「自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ」という聖書の言葉に従って、このきわめて尊い律法を守るならば、それは良いことである。
2:9しかし、もし分け隔てをするならば、あなたがたは罪を犯すことになり、律法によって違反者として宣告される。
2:10なぜなら、律法をことごとく守ったとしても、その一つの点にでも落ち度があれば、全体を犯したことになるからである。
2:11たとえば、「姦淫するな」と言われたかたは、また「殺すな」とも仰せになった。そこで、たとい姦淫はしなくても、人殺しをすれば、律法の違反者になったことになる。
2:26霊魂のないからだが死んだものであると同様に、
行いのない信仰も死んだものなのである。
3:5それと同じく、舌は小さな器官ではあるが、よく大言壮語する。見よ、ごく小さな火でも、非常に大きな森を燃やすではないか。
3:6舌は火である。不義の世界である。舌は、わたしたちの器官の一つとしてそなえられたものであるが、全身を汚し、生存の車輪を燃やし、自らは地獄の火で焼かれる。
4:13よく聞きなさい。「きょうか、あす、これこれの町へ行き、そこに一か年滞在し、商売をして一もうけしよう」と言う者たちよ。
4:14あなたがたは、あすのこともわからぬ身なのだ。あなたがたのいのちは、どんなものであるか。あなたがたは、しばしの間あらわれて、たちまち消え行く霧にすぎない。
4:15むしろ、あなたがたは「主のみこころであれば、わたしは生きながらえもし、あの事この事もしよう」と言うべきである。
4:16ところが、あなたがたは誇り高ぶっている。このような高慢は、すべて悪である。 4:17人が、なすべき善を知りながら行わなければ、それは彼にとって罪である。
マタイによる福音書
27:32彼らが出て行くと、シモンという名のクレネ人に出会ったので、
イエスの十字架を無理に負わせた。
27:33そして、ゴルゴタ、すなわち、されこうべの場、という所にきたとき、
27:34彼らはにがみをまぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、イエスはそれをなめただけで、飲もうとされなかった。
27:35彼らはイエスを十字架につけてから、くじを引いて、その着物を分け、 27:36そこにすわってイエスの番をしていた。
27:37そしてその頭の上の方に、「これはユダヤ人の王イエス」と書いた罪状書きをかかげた。
27:38同時に、ふたりの強盗がイエスと一緒に、ひとりは右に、ひとりは左に、十字架につけられた。
27:39そこを通りかかった者たちは、頭を振りながら、イエスをののしって
27:40言った、「神殿を打ちこわして三日のうちに建てる者よ。もし神の子なら、自分を救え。そして十字架からおりてこい」。
27:41祭司長たちも同じように、律法学者、長老たちと一緒になって、嘲弄して言った、
27:42「他人を救ったが、自分自身を救うことができない。あれがイスラエルの王なのだ。いま十字架からおりてみよ。そうしたら信じよう。
27:43彼は神にたよっているが、神のおぼしめしがあれば、今、救ってもらうがよい。自分は神の子だと言っていたのだから」。
27:44一緒に十字架につけられた強盗どもまでも、同じようにイエスをののしった。
27:45さて、昼の十二時から地上の全面が暗くなって、三時に及んだ。
27:46そして三時ごろに、イエスは大声で叫んで、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と言われた。それは「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。
27:47すると、そこに立っていたある人々が、これを聞いて言った、「あれはエリヤを呼んでいるのだ」。
27:48するとすぐ、彼らのうちのひとりが走り寄って、海綿を取り、それに酢いぶどう酒を含ませて葦の棒につけ、イエスに飲ませようとした。
27:49ほかの人々は言った、「待て、エリヤが彼を救いに来るかどうか、見ていよう」。
27:50イエスはもう一度大声で叫んで、ついに息をひきとられた。
27:51すると見よ、神殿の幕が上から下まで真二つに裂けた。また地震があり、岩が裂け、
27:52また墓が開け、眠っている多くの聖徒たちの死体が生き返った。
27:53そしてイエスの復活ののち、墓から出てきて、聖なる都にはいり、多くの人に現れた。
27:54百卒長、および彼と一緒にイエスの番をしていた人々は、地震や、いろいろのできごとを見て非常に恐れ、「まことに、この人は神の子であった」と言った。
27:55また、そこには遠くの方から見ている女たちも多くいた。彼らはイエスに仕えて、ガリラヤから従ってきた人たちであった。
27:56その中には、マグダラのマリヤ、ヤコブとヨセフとの母マリヤ、またゼベダイの子たちの母がいた。
マルコによる福音書
15:16兵士たちはイエスを、邸宅、すなわち総督官邸の内に連れて行き、全部隊を呼び集めた。
15:17そしてイエスに紫の衣を着せ、いばらの冠を編んでかぶらせ、
15:18「ユダヤ人の王、ばんざい」と言って敬礼をしはじめた。
15:19また、葦の棒でその頭をたたき、つばきをかけ、ひざまずいて拝んだりした。
15:20こうして、イエスを嘲弄したあげく、紫の衣をはぎとり、元の上着を着せた。それから、彼らはイエスを十字架につけるために引き出した。
15:21そこへ、アレキサンデルとルポスとの父シモンというクレネ人が、郊外からきて通りかかったので、人々はイエスの十字架を無理に負わせた。
15:22そしてイエスをゴルゴタ、その意味は、されこうべ、という所に連れて行った。
15:23そしてイエスに、没薬をまぜたぶどう酒をさし出したが、お受けにならなかった。
15:24それから、イエスを十字架につけた。そしてくじを引いて、だれが何を取るかを定めたうえ、イエスの着物を分けた。
15:25イエスを十字架につけたのは、朝の九時ごろであった。
15:26イエスの罪状書きには「ユダヤ人の王」と、しるしてあった。
15:27また、イエスと共にふたりの強盗を、ひとりを右に、ひとりを左に、十字架につけた。〔
15:28こうして「彼は罪人たちのひとりに数えられた」と書いてある言葉が成就したのである。〕
15:29そこを通りかかった者たちは、頭を振りながら、イエスをののしって言った、「ああ、神殿を打ちこわして三日のうちに建てる者よ、
15:30十字架からおりてきて自分を救え」。
15:31祭司長たちも同じように、律法学者たちと一緒になって、かわるがわる嘲弄して言った、「他人を救ったが、自分自身を救うことができない。
15:32イスラエルの王キリスト、いま十字架からおりてみるがよい。それを見たら信じよう」。また、一緒に十字架につけられた者たちも、イエスをののしった。
15:33昼の十二時になると、全地は暗くなって、三時に及んだ。
15:34そして三時に、イエスは大声で、「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」と叫ばれた。それは「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。
15:35すると、そばに立っていたある人々が、これを聞いて言った、「そら、エリヤを呼んでいる」。
15:36ひとりの人が走って行き、海綿に酢いぶどう酒を含ませて葦の棒につけ、イエスに飲ませようとして言った、「待て、エリヤが彼をおろしに来るかどうか、見ていよう」。
15:37イエスは声高く叫んで、ついに息をひきとられた。
15:38そのとき、神殿の幕が上から下まで真二つに裂けた。
15:39イエスにむかって立っていた百卒長は、このようにして息をひきとられたのを見て言った、「まことに、この人は神の子であった」。
15:40また、遠くの方から見ている女たちもいた。その中には、マグダラのマリヤ、小ヤコブとヨセとの母マリヤ、またサロメがいた。
15:41彼らはイエスがガリラヤにおられたとき、そのあとに従って仕えた女たちであった。なおそのほか、イエスと共にエルサレムに上ってきた多くの女たちもいた。
ルカによる福音書
23:26彼らがイエスをひいてゆく途中、シモンというクレネ人が郊外から出てきたのを捕えて十字架を負わせ、それをになってイエスのあとから行かせた。
23:27大ぜいの民衆と、悲しみ嘆いてやまない女たちの群れとが、イエスに従って行った。
23:28イエスは女たちの方に振りむいて言われた、「エルサレムの娘たちよ、わたしのために泣くな。むしろ、あなたがた自身のため、また自分の子供たちのために泣くがよい。
23:29『不妊の女と子を産まなかった胎と、ふくませなかった乳房とは、さいわいだ』と言う日が、いまに来る。
23:30そのとき、人々は山にむかって、われわれの上に倒れかかれと言い、また丘にむかって、われわれにおおいかぶされと言い出すであろう。
23:31もし、生木でさえもそうされるなら、枯木はどうされることであろう」。
23:32さて、イエスと共に刑を受けるために、ほかにふたりの犯罪人も引かれていった。
23:33されこうべと呼ばれている所に着くと、人々はそこでイエスを十字架につけ、犯罪人たちも、ひとりは右に、ひとりは左に、十字架につけた。
23:34そのとき、イエスは言われた、「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」。人々はイエスの着物をくじ引きで分け合った。
23:35民衆は立って見ていた。役人たちもあざ笑って言った、「彼は他人を救った。もし彼が神のキリスト、選ばれた者であるなら、自分自身を救うがよい」。
23:36兵卒どももイエスをののしり、近寄ってきて酢いぶどう酒をさし出して言った、 23:37「あなたがユダヤ人の王なら、自分を救いなさい」。
23:38イエスの上には、「これはユダヤ人の王」と書いた札がかけてあった。
23:39十字架にかけられた犯罪人のひとりが、「あなたはキリストではないか。それなら、自分を救い、またわれわれも救ってみよ」と、イエスに悪口を言いつづけた。
23:40もうひとりは、それをたしなめて言った、「おまえは同じ刑を受けていながら、神を恐れないのか。
23:41お互は自分のやった事のむくいを受けているのだから、こうなったのは当然だ。しかし、このかたは何も悪いことをしたのではない」。
23:42そして言った、「イエスよ、あなたが御国の権威をもっておいでになる時には、わたしを思い出してください」。
23:43イエスは言われた、「よく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう」。
23:44時はもう昼の十二時ごろであったが、太陽は光を失い、全地は暗くなって、三時に及んだ。
23:45そして聖所の幕がまん中から裂けた。
23:46そのとき、イエスは声高く叫んで言われた、「父よ、わたしの霊をみ手にゆだねます」。こう言ってついに息を引きとられた。
23:47百卒長はこの有様を見て、神をあがめ、「ほんとうに、この人は正しい人であった」と言った。
23:48この光景を見に集まってきた群衆も、これらの出来事を見て、みな胸を打ちながら帰って行った。
23:49すべてイエスを知っていた者や、ガリラヤから従ってきた女たちも、遠い所に立って、これらのことを見ていた。
23:50ここに、ヨセフという議員がいたが、善良で正しい人であった。
23:51この人はユダヤの町アリマタヤの出身で、神の国を待ち望んでいた。彼は議会の議決や行動には賛成していなかった。
23:52この人がピラトのところへ行って、イエスのからだの引取り方を願い出て、
23:53それを取りおろして亜麻布に包み、まだだれも葬ったことのない、岩を掘って造った墓に納めた。
ヨハネによる福音書
彼らはイエスを引き取った。
19:17イエスはみずから十字架を背負って、されこうべ(ヘブル語ではゴルゴダ)という場所に出て行かれた。 1
9:18彼らはそこで、イエスを十字架につけた。イエスをまん中にして、ほかのふたりの者を両側に、イエスと一緒に十字架につけた。
19:19ピラトは罪状書きを書いて、十字架の上にかけさせた。それには「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」と書いてあった。
19:20イエスが十字架につけられた場所は都に近かったので、多くのユダヤ人がこの罪状書きを読んだ。それはヘブル、ローマ、ギリシヤの国語で書いてあった。
19:21ユダヤ人の祭司長たちがピラトに言った、「『ユダヤ人の王』と書かずに、『この人はユダヤ人の王と自称していた』と書いてほしい」。
19:22ピラトは答えた、「わたしが書いたことは、書いたままにしておけ」。
19:23さて、兵卒たちはイエスを十字架につけてから、その上着をとって四つに分け、おのおの、その一つを取った。また下着を手に取ってみたが、それには縫い目がなく、上の方から全部一つに織ったものであった。
19:24そこで彼らは互に言った、「それを裂かないで、だれのものになるか、くじを引こう」。これは、「彼らは互にわたしの上着を分け合い、わたしの衣をくじ引にした」という聖書が成就するためで、兵卒たちはそのようにしたのである。
19:25さて、イエスの十字架のそばには、イエスの母と、母の姉妹と、クロパの妻マリヤと、マグダラのマリヤとが、たたずんでいた。
19:26イエスは、その母と愛弟子とがそばに立っているのをごらんになって、母にいわれた、「婦人よ、ごらんなさい。これはあなたの子です」。
19:27それからこの弟子に言われた、「ごらんなさい。これはあなたの母です」。そのとき以来、この弟子はイエスの母を自分の家に引きとった。
19:28そののち、イエスは今や万事が終ったことを知って、「わたしは、かわく」と言われた。それは、聖書が全うされるためであった。
19:29そこに、酢いぶどう酒がいっぱい入れてある器がおいてあったので、人々は、このぶどう酒を含ませた海綿をヒソプの茎に結びつけて、イエスの口もとにさし出した。
19:30すると、イエスはそのぶどう酒を受けて、「すべてが終った」と言われ、首をたれて息をひきとられた。
19:31さてユダヤ人たちは、その日が準備の日であったので、安息日に死体を十字架の上に残しておくまいと、(特にその安息日は大事な日であったから)、ピラトに願って、足を折った上で、死体を取りおろすことにした。
19:32そこで兵卒らがきて、イエスと一緒に十字架につけられた初めの者と、もうひとりの者との足を折った。
19:33しかし、彼らがイエスのところにきた時、イエスはもう死んでおられたのを見て、その足を折ることはしなかった。
19:34しかし、ひとりの兵卒がやりでそのわきを突きさすと、すぐ血と水とが流れ出た。
19:35それを見た者があかしをした。そして、そのあかしは真実である。その人は、自分が真実を語っていることを知っている。それは、あなたがたも信ずるようになるためである。
19:36これらのことが起ったのは、「その骨はくだかれないであろう」との聖書の言葉が、成就するためである。
19:37また聖書のほかのところに、「彼らは自分が刺し通した者を見るであろう」とある。
ーーーend
このようにイエスの十字架の様子は、福音書を書いた人によって印象が全く違います。
ペテロの手紙によるとマルコはペテロの弟子と書かれています。
ペテロの手紙は公開で伝達され、
とても、困難な状況に置かれた人々へのメッセージだったようです。
ローマ皇帝も庶民も、あらゆる階層の人々が皆こぞって、
キリスト信仰者を憎悪することを自らの使命であると考えているようにさえ見える状況があり、
キリスト信仰者は処罰の対象となり、流血の事態も起きました。
このような状況において、
キリスト信仰者はいったいどのように行動するべきなのでしょうか。
それを励ましたのがペテロだったようです。
イエスに死刑宣告を下した人々や虐待を加えた人々に対して、
威嚇するような姿勢を一切示されませんでした。
今日でもこのイエス様の態度は、
キリストを信仰告白するゆえに苦しみにあっている人々に、
素晴らしい生き方とはどのようなものであるかを知らせてくれます。
これは、自分を圧迫してくる者たちのことを赦し、
彼らに祝福を静かに願うという生き方です
(これは圧迫などの悪行自体を容認するという意味ではありません)。
これは、人に見せびらかすものでも、
自分を「殉教者」に祀り上げることでもなく、
心から純粋にそのように行っていく生き方なのです。
引用元☛https://www.bibletoolbox.net/ja/seisho/peteronodaiichinotegami
ーーーend
イエス様がなくなられてから、の苦しい時期に残された手紙という事です。
マルコによる福音書は
四つの福音書のうちもっとも古く,後70年前後に書かれた。
ペテロが教示したことをマルコがまとめたとする伝統的説明は保持しがたい。
成立地についてはローマ説,ギリシア・小アジア説のほか,
ガリラヤ説が有力である。
著者は著作に先立ち,
受難物語,論争物語集,たとえ話集,奇跡物語集を文献
または口頭伝承の形で手にしていたと考えられる。
著者はこれらの資料を,イ
エスの受洗とガリラヤおよびその周辺での活動(8:26まで),
エルサレムへの旅(8:27~10:52),
エルサレムでの活動と受難(11:1~16:8)という構成を持つ連続的叙述へまとめ上げ,
福音書文学の創出者となった。
引用元☛https://kotobank.jp/word/マルコによる福音書-137573#E4.B8.96.E7.95.8C.E5.A4.A7.E7.99.BE.E7.A7.91.E4.BA.8B.E5.85.B8.20.E7.AC.AC.EF.BC.92.E7.89.88
マタイによる福音書は、使途マタイにより書かれたとなっていますが、
新約聖書4福音書の一つ。マルコ,ルカの福音書とともに共観福音書と呼ばれる。内容はイエスの系図,その生誕のいきさつ,バプテスマのヨハネによる受洗,宣教活動,十字架上の死,そして復活についての記述のほか,山上の説教をはじめイエスの多くの言葉と説教を含むが,他の福音書に比してきわめて組織的であり,特に旧約との関係を強調し,教団的思考を重視している。イエスの生誕は「主が預言者によっていわれたことの成就」 (1・22) とされ,ユダヤの律法に関してはイエスは「律法を廃するためにではなく成就するためにきた」 (5・17) といわれている。著者は伝統的に使徒マタイとされてきたが,多くの伝承を素材としているところから,よりのちの作であり,むしろ旧約への言及によってキリスト教徒に改宗したユダヤ教徒であり,キリスト教に改宗したユダヤ人を対象としてこの書を著わしたものと考えられる。 65年から 100年の間,おそらく 70年以後にギリシア語で書かれ,『マルコによる福音書』に依拠したとする説が有力である。
引用元☛https://kotobank.jp/word/マタイによる福音書-136332
ルカによる福音書
新約聖書4福音書の一つ。マタイ,マルコ福音書とともに共観福音書をなす。『マルコによる福音書』を枠組みとし,イエスの生誕,少年期,復活の記録およびそのほかルカ固有の個所を除いてはマタイと類似ないしほとんど逐語的同一性を示す語句が多く,両者に共通の資料を想定させる (2資料説) 。その基調は普遍主義的であり,イエスは「異邦人を照す光」とされる。一般に『使徒行伝』と同一作者によるとされ,それに『行伝』の一人称記録の部分を考慮にいれれば,パウロの同行者ルカの作とする伝承もあながち否定しえない。『行伝』にパウロ書簡の影響のないことから 80年以降の著作とは考えにくい。上限はエルサレム陥落 (70) とされる。
12使途の一人、ヨハネは、いつもイエスの傍にいる人物で、
信頼度も高かったと思います。
旧約聖書の予言を成就したと綴りたかったのかもしれません。
一番切なさを感じるのがヨハネによる福音書だと感じます。
ヨハネによる福音書の内容の92パーセントは,
他の福音書に記録されていないものです。
これはおそらく,ヨハネの対象読者,
つまりイエス・キリストについての理解がすでにあった教会員は,
マタイ,マルコ,ルカの対象読者とは明らかに異なっていたからだと思われます。
ヨハネが報告した7つの奇跡のうち5つは,
他のどの福音書にも記録されていません。
マタイ,マルコ,ルカはガリラヤにおけるイエスの教え導く業について
かなり多くの情報を記述しましたが,
ヨハネはユダヤで起こった数多くの出来事を記録しました。
ヨハネの福音書は非常に教義的であり,
そのおもなテーマの幾つかには,
神の御子としてのイエスの神性,
キリストの贖罪,永遠の命,聖霊,再び生まれる必要性,
他人を愛することの重要性,そして救い主を信じることの重要性があります。
ーーーend
ヨハネはマリア様を引き取って一緒に暮らしています。
幽閉先で、ヨハネの黙示録を書かれたと言われていますが、
福音書の法は、トルコで書かれたのではないかと言われています。
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(*一部省略しています。書き起こしは時間がかかるので、誤字・脱字・変換ミス等はご容赦ください。「校正」より、記事のUPや 書き起こしに時間使っていますご理解ください。)