今朝、起きて、心臓がぎゅんぎゅんなるくらいびっくりしました。
昨日、しれっと書き始めたこのブログ
松尾さんに見つかってた・・・・。
松尾さんのFacebook
可愛い絵が癒されます。
しかも、
怪しくないように講座してるのに
怪しいってヒドクない?!Σ(゚д゚lll)
って・・・・・。
この顔文字・・・ごめんなさい、すみません、本当に申し訳ないです。
昨日、書いた時点で実は
「う~ん、でも怪しくないんだよな」
っていう違和感があったからこそ
あぁ、怖いなぁ~
ちょっとした違和感も見逃したらいかんのだなと
めちゃくちゃ反省しました。私。
そもそも、怪しいと言われるものが
本当はこれっぽっちも怪しくないんだっていうことを伝えたいからこそ
私は量子論に足を踏み入れ、首を突っ込んでいる訳ですから。
自分の感覚に嘘はついたらいけませんよ、っていう
自分の感覚に正直にモノを言いなさいねっていう戒めとして受け止めようと思います。
本気で書き直そうかと思ったけど。
謝って、直さないでおきます!
松尾さん、本当にごめんなさい!すみませんでした!
本当に怪しくないです。
怪しいという方には、私が赴いて
松尾さんのおかげで出会うことのできた量子論の世界をわかりやすく噛み砕いて
どれだけ科学的に確固たる根拠があるのかを力説したいと思います!
いや、本当に。
・・・・・・でも。
実際は
「原子~?陽子~?よくわかんな~い・・・けど、やってみるか!」
で、実際できるから
根拠なんか要らないんだろうなと思うんです。
理解できるかできないかじゃなくて
実際、できるかできないか
もっと言うと
できるできないも関係なくて、やればそうなる。
ニュートンが誰だか知らなくても、手を離せばりんごは落ちる。
本当は、そのくらい確かなものなんだろうと思います。
ただ、重たい物質ではないから、邪魔するものがあるとすれば
ありのままを受け止められない人間の余計な「意識」なんだろうな。
人間はきっと、いろんなことを自らうまくいかないようにしてるんだろうなと思います。
それが不調和を生み出し、身体がバランスを取ろうとして崩れるんだろうなと。
だから、素直にやるかやらないか、多分、それだけだろうと。
知ることは、必要不可欠なことではないんです。
ただ。
自分の未来は、どうせこれこれこんなだろうな~。
私って、どうせこんなだから~。って
自分や未来や世界の可能性を信じることができない人。
遠隔でこんなことできますよ、みたいな話を聞いた瞬間に
あ、僕、そういうの信じないんですよね、って頭ごなしに聞こうともしない人。
で、不満がないならいいけれども、そうでない人には
とりあえず、知ってほしいなと。
よく知らないまま、「あり得ない」とかって
地球は回ってるよって言ったガリレオを処刑した人たちと同じだから。
で、しかも、私は小さいときにはガリレオは処刑されたって習ったけど
実際は処刑されて死んだ訳でもないし
「それでも地球は動く」とも言ってないんじゃないかと言われている。
聖徳太子だって、いないんじゃないかってなってる。
それだけ、自分が正しいと思ってきたことは不確かだ。
だから、長く物質世界で生活して、目に見えるものを見て生きてきて
自分の人生で得た範囲では今まで出会わなかったとしても。
「意識で遠くの人の身体を調整できる」
「宇宙に知的存在がいる」
「私たちは見えないところで繋がっている」
そういう事実を、知らないから怪しい、あり得ないっていうのは
ものすごくもったいないなと思うのです。
これだけ世界は広いのに
せっかく生まれてきたのに
何をそんな小さな宇宙で生きてるんだ、と。
外に出たら、青い空があって、風も気持ちよく吹いているのに
生まれたときから一歩も出たことのない部屋で、まだ閉じこもってるのかと。
見回せば、今はドアなんかいくらでもあって
それこそ、どこから飛び出そうかって迷うくらいいくらでもあって
自分が開けたことないドアの向こうの世界を
知らないから怪しい、あり得ないって、
ならば、開けてみればいいだけなんだよって。
いやでも、いいんだけどね。
興味なければ出会わないし
私も、開けたドアより開けないドアの方が気が遠くなるほど多いし。
みんなそうだし。
世界の全てを知るには、一生は短すぎる。そして無理。
だからこそ、おもしろい。
自分の人生を生きることは。
でも
怪しい・・・の気持ちのどこかにちょっとでも
でも、おもしろそう、があるなら
ドアを開けてみるといいですよ。
まず、出会う。
興味を持つ。
知る。
やってみる。
使ってみる。
繋がってみる。
それだけで、世界は一気に広がります。
私は「知る」ことが好きで、学ぶことが好き。言葉が好き。書くことが好き。
でも、
とにかくやってみる人がいてもいい。
まず、使ってみる人がいてもいい。
体験が好き。
映像が好き。
方法は何でもいいから。
私は、松尾さんの講座で
手をかけたまま、開けられなかった量子論のドアを開けました。
ただ、同じ講座を受けても、別のドアを開けた方もいらっしゃるはずですし。
・・・・私の方が少数派だと思う。
行ってみて、どんな世界が拡がるかはそれそれだと思いますが
おもしろそう。
と思ったなら、行ってみましょう、まずは。
松尾えい子さんの遠隔身体調整講座
昨日、しれっと書き始めたこのブログ
松尾さんに見つかってた・・・・。
松尾さんのFacebook
可愛い絵が癒されます。
しかも、
怪しくないように講座してるのに
怪しいってヒドクない?!Σ(゚д゚lll)
って・・・・・。
この顔文字・・・ごめんなさい、すみません、本当に申し訳ないです。
昨日、書いた時点で実は
「う~ん、でも怪しくないんだよな」
っていう違和感があったからこそ
あぁ、怖いなぁ~
ちょっとした違和感も見逃したらいかんのだなと
めちゃくちゃ反省しました。私。
そもそも、怪しいと言われるものが
本当はこれっぽっちも怪しくないんだっていうことを伝えたいからこそ
私は量子論に足を踏み入れ、首を突っ込んでいる訳ですから。
自分の感覚に嘘はついたらいけませんよ、っていう
自分の感覚に正直にモノを言いなさいねっていう戒めとして受け止めようと思います。
本気で書き直そうかと思ったけど。
謝って、直さないでおきます!
松尾さん、本当にごめんなさい!すみませんでした!
本当に怪しくないです。
怪しいという方には、私が赴いて
松尾さんのおかげで出会うことのできた量子論の世界をわかりやすく噛み砕いて
どれだけ科学的に確固たる根拠があるのかを力説したいと思います!
いや、本当に。
・・・・・・でも。
実際は
「原子~?陽子~?よくわかんな~い・・・けど、やってみるか!」
で、実際できるから
根拠なんか要らないんだろうなと思うんです。
理解できるかできないかじゃなくて
実際、できるかできないか
もっと言うと
できるできないも関係なくて、やればそうなる。
ニュートンが誰だか知らなくても、手を離せばりんごは落ちる。
本当は、そのくらい確かなものなんだろうと思います。
ただ、重たい物質ではないから、邪魔するものがあるとすれば
ありのままを受け止められない人間の余計な「意識」なんだろうな。
人間はきっと、いろんなことを自らうまくいかないようにしてるんだろうなと思います。
それが不調和を生み出し、身体がバランスを取ろうとして崩れるんだろうなと。
だから、素直にやるかやらないか、多分、それだけだろうと。
知ることは、必要不可欠なことではないんです。
ただ。
自分の未来は、どうせこれこれこんなだろうな~。
私って、どうせこんなだから~。って
自分や未来や世界の可能性を信じることができない人。
遠隔でこんなことできますよ、みたいな話を聞いた瞬間に
あ、僕、そういうの信じないんですよね、って頭ごなしに聞こうともしない人。
で、不満がないならいいけれども、そうでない人には
とりあえず、知ってほしいなと。
よく知らないまま、「あり得ない」とかって
地球は回ってるよって言ったガリレオを処刑した人たちと同じだから。
で、しかも、私は小さいときにはガリレオは処刑されたって習ったけど
実際は処刑されて死んだ訳でもないし
「それでも地球は動く」とも言ってないんじゃないかと言われている。
聖徳太子だって、いないんじゃないかってなってる。
それだけ、自分が正しいと思ってきたことは不確かだ。
だから、長く物質世界で生活して、目に見えるものを見て生きてきて
自分の人生で得た範囲では今まで出会わなかったとしても。
「意識で遠くの人の身体を調整できる」
「宇宙に知的存在がいる」
「私たちは見えないところで繋がっている」
そういう事実を、知らないから怪しい、あり得ないっていうのは
ものすごくもったいないなと思うのです。
これだけ世界は広いのに
せっかく生まれてきたのに
何をそんな小さな宇宙で生きてるんだ、と。
外に出たら、青い空があって、風も気持ちよく吹いているのに
生まれたときから一歩も出たことのない部屋で、まだ閉じこもってるのかと。
見回せば、今はドアなんかいくらでもあって
それこそ、どこから飛び出そうかって迷うくらいいくらでもあって
自分が開けたことないドアの向こうの世界を
知らないから怪しい、あり得ないって、
ならば、開けてみればいいだけなんだよって。
いやでも、いいんだけどね。
興味なければ出会わないし
私も、開けたドアより開けないドアの方が気が遠くなるほど多いし。
みんなそうだし。
世界の全てを知るには、一生は短すぎる。そして無理。
だからこそ、おもしろい。
自分の人生を生きることは。
でも
怪しい・・・の気持ちのどこかにちょっとでも
でも、おもしろそう、があるなら
ドアを開けてみるといいですよ。
まず、出会う。
興味を持つ。
知る。
やってみる。
使ってみる。
繋がってみる。
それだけで、世界は一気に広がります。
私は「知る」ことが好きで、学ぶことが好き。言葉が好き。書くことが好き。
でも、
とにかくやってみる人がいてもいい。
まず、使ってみる人がいてもいい。
体験が好き。
映像が好き。
方法は何でもいいから。
私は、松尾さんの講座で
手をかけたまま、開けられなかった量子論のドアを開けました。
ただ、同じ講座を受けても、別のドアを開けた方もいらっしゃるはずですし。
・・・・私の方が少数派だと思う。
行ってみて、どんな世界が拡がるかはそれそれだと思いますが
おもしろそう。
と思ったなら、行ってみましょう、まずは。
松尾えい子さんの遠隔身体調整講座