私、27歳のときに
元暴走族長の上司に、ひと言
たった一言だけど怒られて
病気かってくらいに
完全に自分も親も周りも諦めてた遅刻癖が直りました。
生まれてすぐから、とにかく寝つきが悪くて
母が残してくれた育児日記にも
0時過ぎに「やっと寝た」という記述があちらこちらに・・・。
それに対して
うちの親が何も努力をしていないかと言ったらそうでもなくて
毎日、私を早く寝かせるために
あの手この手を駆使してくれている。
いちばんは
車に乗せて、近所を回ること。
今でもそうなので困っているのだけど
車に乗っていると、どうしても眠くなる。
振動なのか音なのか・・・
私が小さいときは父と母が離れて暮らしていたようなので
父が帰るときだけだったみたいだけど
乗せて走ってくれていたようで
本当、育児日記を読んでいると
申し訳ないなと思います・・・ごめんね。
寝起きもめっちゃ悪くて
「ムッとした顔がパパに似てる」とか、・・・・。
小学校も毎朝のマラソンには間に合わず
中学は部活も時間通りには行けず
朝は、階段の下から何十分も
何回も大声で名前を呼ばれて
起こされる。
自分の名前が嫌いになった。
とにかく朝がつらい。
時間を守るとか無理。
ついでに
部屋の片づけは、モノを机の下に押し込む。
学校行ったら寝てる。
中学はそれでも勉強はそこそこできたけど
高校は一気に落ちこぼれて
体操着を枕に寝る。
帰って何をするでもなく
なのに寝る時間は1時とか3時とかで
やっと朝、身体を引きずって学校に行く。
大学はとにかく起きられないから授業に出られなくて
仮面浪人して入った二つ目の大学なんか、
夜に劇団の稽古もあったから
すぐに行かなくなった。
当たり前のように、深夜のバイトをするようになって
あれよあれよという間に転落していったなぁ。
摂食障害で、何時間も食べることに費やしていたし
だから
シフトとかも守れなくて、普通のバイトができなかった。
実家に戻るとき
寝ないで始発で行けばいいやと思って
午前中に着くよと連絡しても
帰るのは夕飯前だったりもした。
一度は、摂食障害が余りにひどくて
夕飯前の時間に帰ったけど
母と祖母の作ってくれた煮物を見て
食べられない、と
1時間とかそこらで東京に戻ってきたことがある。
新幹線のホームで、父が泣いてた。
遅刻で失ったものは本当に大きくて
人の時間と信用
そして何より
自分自身への信用
気にしてないから遅刻すると思われてるかもしれないけど
気にしてない訳ない。
朝でも夕方でも、目を覚まして
その瞬間に嫌な予感がして
時計を確認すると
本当に
この世からいなくなってしまいたいと思うほどの絶望感に襲われる。
お前、死ね。
って、自分に思う。
それが怖くて、吐き気がするほど嫌で
だから、寝ないで行こうって何度も思った。
うまく行くこともあったけど
眠くてつらくて
1時間だけ・・・って床の上で寝ちゃって
また、起きて落ちる。
定番。
あぁ、なんで起きられないんだろう。
なんで時間を守るなんて
基本的なことすらできないんだろう。
本当、ダメだな。
生きてる価値、ないわ。
遅れるくらいなら、行くのやめよう。
なんて言い訳しよう。
なんて謝ろう。
もう嫌だ。
もう、迷惑かけすぎて一緒にいられないから離れよう。
やめますって言おう。
ごめんなさい、こんな私でごめんなさい。
って、過ごす。ずっと。
20代の頃の友達は、ひとりしかいない。
だから
今の夫と暮らすようになって
まともに仕事しようって思ったときも
始業時間が遅い仕事を探した。
仕事内容よりも
とにかくまずは、午後に始まる仕事。
通勤時間が30分ちょっとで
始業が13時の仕事を始めた。
そこにいたのが
元、暴走族長の上司だった。
最初は気をつけていたのに
ある日、5分、遅刻してしまった。
駆け込んだ私を、みんなが「爬虫類みたい」と言う
色素の薄い目で見て
「・・・・お前、次はねぇからな。」
と言った。
どうしたら遅れないだろう。
どうしたら起きられるだろう。
必死で考えて出した結論は
「とにかく寝る」だった。
ちゃんと、とにかく起きる。
だから、寝よう。
当時の仕事は営業だったので
トークの練習とか、家でやることはいくらでもあった。
でも、とにかく、起きること。
そのために寝ること。
私のいちばんの仕事は、トークを覚えることじゃない
13時に、会社にいることだ。
と思った。
そしたら気づけば
遅刻をしなくなっていた。
その職場では一度だけ
始業20分前に起きてしまったことがあって
「もうないからな」と言われていたから
とにかく
タクシーやらなにやら使って
走って
人にもぶつかって迷惑もかけたけど
間に合わせた。
プライベートでも
それまでのように毎回、遅れることもなくなった。
でも
同じ職場でも、遅刻が直らずに退職した人もいた。
他の職場でも、よく遅刻する人もいた。
おかげ様で私は
息子が生まれて、朝、保育園に送ることもできるようになったけど
遅刻をする人たちが信用を失っていくのを見て
すごく胸が痛くなった。
あのとき
上司に出会えていて本当によかった。
親にも、夫にも言われるから
私が、そのまま生きていたら失っていたであろうものは
本当に大きかったんだろうと思う。
そのときには根拠もなく、必死でやっていたことの中で
後で大事だったんだなってわかったことが2つ。
①家を出る時間を死守する
②始める時間ではなく、終わらせる時間を守る
①遅刻してたときは
「〇〇に着く時間」を守ろうとしてだけど
間違ってた。
着く時間を守ろうとすると、
移動時間を走るとかして巻こうと思うけど
それは、無理・・・。自転車飛ばすとかね
10分かかるところ走ったとしても
巻けるのは2分かそこら。
そうではなくて
移動時間が45分なら45分はかかるもの、とする。
守るべきなのは
〇〇に着く時間からその45分を引いた「家を出る時間」。
家を出る時間さえ守れば、あとは、ほぼほぼ間に合う。
・・・当たり前だけどね。
でも、これがいちばん大切だった。
「あと5分早く、起きればいいのに」って
それができないから遅刻するんじゃ。
②遅刻、というのは、
「始める時間を守る」ということなのかなと思うんだけど
(デートの始まりの時間、仕事の始まりの時間、会議の・・・とか)
起きる、つまり
一日を始める時間を守るということが
遅刻魔だったときの私には難しかった。
だから
何はともあれ、まずは寝る。
起きる時間を守りたいから寝る。
寝るために、今やってることを、途中でも終わらせる。
諦めて明日に回す。
不十分でも、起きられないよりはマシ。
さっき書いたやつ。
朝、息子を学校に送り出すことができるようになったこと。
これがどれだけすごいことか
真っ当な方にはわかってもらえないと思いますが・・・
奇跡。
奇跡ですよ。
私が普通に朝起きて
学校に送る時間や仕事に行く時間を守れるっていうことは。
今、私は奇跡の中にいる。
当時、無理だろうと思っていた生活の
正にど真ん中にいる。
太ってたけど3カ月で15キロ痩せたときも
同じように奇跡みたいに人生が変わったなぁ。
摂食障害が治ったことも
依存症がなくなったことも
最近なら
自分のことが嫌いじゃなくなったこと。
自分にはできない。無理。
できたら奇跡だな。
そう思ってることって
意外と、叶うのかもしれないな。
叶ってること、いっぱいあるな。
すごいなぁ。
感謝。みなさま
有難うございます。
上司の方、元気かな・・・。