お金を使う、お金が減るということが、どうしても怖いときがあった。
夕飯の材料を買う。
息子の文房具を買う。
どこかへ行くのに、切符を買う。
生きていれば、ただいることや
食べること、移動することに
余程、工夫をしない限りは何かとお金がかかる。
ましてや
ただひとりでいるだけではなく、家族がいればなおさら。
自分のため、誰かのために
財布を広げてそこからお金を取り出すたび、
銀行からお金を下ろして残高を見るたび
大抵は気持ちが重くなり、ひどければ胸が痛くなった。
そんなときには「ある」ことに目を向けようと思ってもそれがなかなかできなくて
できない自分がまた嫌になって
どうしたらこんな気持ちじゃなくてお金が使えるようになるんだろうと思いながら
ずっと、足りない、足りないと思い続けていた。
そう思ってるからそうなるんだ!なんていう本はたくさん読んだけど
どうしてもそこから離れることはできなかったので
親方さんに泣きついた。
お金が減るのが怖いんです。
お金を使うのが不安なんです。
てかもう、お金怖いです。
って言ったら。
「お金を使うと怖いのは、なくなるって思うからじゃないの?」
と。
「はい」
当たり前じゃないかーーーー!と思ったのですけど。
「今ある分はね。
なくなるっつーか、減るよ。
でも、減らないよ」
えぇぇ~、禅問答ですかね・・・。
「お金は減るけど、価値は減らない。
だって例えば1000円のランチを食べたとする。
お金は減るよ?
でも、その分、目の前にご飯が出てくるよ?
そのご飯の価値は?」
って。
で、今なら言ってる意味がわかるんだけど、そこはもう
かなりおかしくなっているときなので
何言ってるんだか、さっぱりなのです。
親方さん、何言ってるんだ
次にお金を使うときになくなるじゃないですか。
ご飯の価値は1000円ですけど
財布の中身は1000円なくなるでしょう、と。
「得たモノを数えてはいないってことだな
得た価値を換算していない」
・・・私がしているのは財布の中身の話なんだが。
と、そのときはまだ思っていた。
「そら、お金だけみたら、使えばなくなるわw
でも、価値としてみたら
変わってないか、むしろ増えるかしか、本来はないのです。
だって欲しいもの買ってるわけでしょ?
その価値は実際の金額よりデカくない?」
って。
「お金を使うっていうことは
私が手に入れるものにはこれだけの価値があることを認めますってことだよね?
でね、
でもお金が減るって考えるってことは
買ったものの価値を受け取ってないってことなの。
1000円分食べたけど、もったいねーって
食べたときに得た栄養、味覚、感情
これらをすべて捨ててるわけw
そらお金も価値なくなるわな」
なかなか重みと痛みのある言葉で。
それで、最近もちょっと続いてるのですが
食べるものが美味しくなかったのです、その時期。
楽しいこともなくて
悩んでばっかりで
本も読めなくて、時間がただただ過ぎて
何にも価値を感じることができなくて。
でも最近
やっと金額を超える価値があると感じるものに久々に出会えて
読まなきゃいけない本じゃなくて、読みたい本が出てきて
あのとき親方さんに言われたことが、そういうことだったのかって思えてきた。
1000円出して本を買ったけど
私がその本を読んで得た気持ちの動きには多分、5000円くらいの価値があった。
あ、話が逸れるけど
私は本選びをまず外さない自信があったのだけど
先日、久々に外してしまって
それは本当に、その金額の価値がないと思ったから「失った」と思った。
心が動くような本を読んでなかったから、本の声を聞き間違えた。
ずっと彼女がいなくて、久々にキャバクラ行ったら
可愛い女の子につい気持ちを持ってかれてぼったくられた感じ。
わかってたのに!!みたいな感じ。多分だけど。
キャバクラで楽しくもないのに3万払ったらがっかりだけど
ずっと好きだった子と、その子が大好きな場所に行って3万使って
一日中、いろんな顔が見てられるなら
心の中は30万円以上の感じになるもんな~。
・・・多分。男じゃないから知らないけど
多分、そういうことだろう。
・・・・・・・・・なんで女の子の話になったんだ?
お金の話を真面目にしようと思ったのに。
だからね、
本当に好きなことにお金を使いましょう、と。
じゃあ、あの頃は好きなものに使うのを我慢していたのか
好きなものの近くに行かないようにしてしまって
好きな気持ちもわからなくなってしまってたんだなー。
好きなことができる時間が持ててよかった。
今日のタイトル、「キャバクラの3万、初デートの3万」にしようと思って
なんのこっちゃと思って変えたw