ずっと、“自分にしかできないこと”
“自分だからできること”を探していました。
特に「お金をもらう」なら
誰でもできることでは意味がないと思ってた。
だから、自分にできることやできそうに思えることであっても
もっとできる人がいたら、自分がやる意味はないと思っていたし
そうやって自分にしかできないことが見つからない私は
何もできない、何の価値もないと思っていました。
色えんぴつで言えば
赤なんて普通すぎるから
カ―マインや深紅、茜色
知っている人はほとんどいないであろう猩々緋や
まだ、この世にない赤のような、まだ名前のない色
そんな色でなければ意味がない。
私は、本当は何色なんだろう。
普通の赤とちょっと違っていてほしい、違う色が出せるはず・・・と
何年も苦しんだ末に
いや、普通の赤でもいいじゃん、素敵。と
思えるときもあれば、また他の色と比べて苦しくなったり
何なら銀色やピンク色と比べてみたり。
でも、思ったのだけど。
確かに赤は、恐らく何億本と作られ、存在していて
ありきたりな色だ。
だけど、赤ばっかり色えんぴつ持ってる人っていなくて
誰かが持ってる12色の色えんぴつの中では
赤は唯一無二の色。
ないととっても困る色。
赤がないからって、勉強用の朱で代用しようとしても
やっぱり朱色は朱色だから
赤じゃなくちゃダメ。
と、少なくとも私は思う。
逆に、勉強の〇は朱色がやっぱりいい。
そしたら何も、世界で唯一とか
日本で唯一の赤になんかならなくてもいいから
自分が今いる場所で
赤色であることを貫いておけばいいんだなって
他に同じことが、もっと上手くできる人が世間にはごまんといようとも
今、目の前にいる人が私に「やって」と言っていることは
少なくとも今、ここにいる人たちにとっては
私だからできることなんだから
あの人でもその人でもない、「私」の仕事として
やればよかったんだなって思って
ものすごくラクになった。
他に美味しい料理を作る人がたくさんいても
うちではお母さんのご飯がいちばんだし
Excelなんて誰でもできると思っても
その職場ではその人がやるのがいちばん早くて正確。
みんな同じこと言ってるけど
あの人の言葉だから響く。
自分のいる場所で
自分の色を出せれば
その場所では唯一無二の仕事ができる。
だから別に
カ―マインや深紅を目指さなくても
見たこともないような色になろうとしなくても
その場で、当たり前に赤でいるっていうことは
とても価値のあることだと思う。
そうやって赤でい続けると、きっとそのうち
他の赤だとなんか違うんだよなってことになって
どこにでもいる“赤”なのに
そこにしかない“赤”になるときがくるんじゃないかな。
って。
やっと色えんぴつのケースに落ち着いて
色を塗り始めたくらいかな~っていう今、思いました。
そのうち
「ポストを塗るならキミじゃないとさ!!」とかいって
お呼ばれすることを楽しみに
思う存分、色塗りしよう~。