才能のありかは、
褒められても受け取れないところにある。
ひた隠しにしたいところにある。
あるからこそ、基準が上がりすぎて
【ない】と思ってしまうところにある。
FBのゆきさんの言葉。
自分に才能がない、と思っている方。
もし、〇〇の才能がない、と思っているんだとしたら
例えば、文章を書く才能がないとか
うまく話す才能がないとか
なんの才能がないかがはっきり言えるとしたら
それは100%、才能があります。
120%、ある。
私、最近、ある人に
「誰にでも好かれる、親切、気がきく」
この全てが私の才能だと言われました。
私は、一昨日まで41年間ずっと
人に嫌われてると思ってました。
冷たくて、感じ悪くて、なんて気が利かないんだろうと思っていました。
だから、誰かと話すのは本当に苦手で苦痛で
誰かと話した後は
なんであんなこと言っちゃったんだろう
なんであんな態度しか取れなかったんだろうって反省したり後悔したり
なんであのとき、ああいうことができなかったんだろうって
自分を責めたりしていました。
誰にでも好かれて
親切で
気が利く人になりたいとずっと思ってました。
優しいよねとか言われたことも初めてじゃなくて
何度か言われているけれども
その度に自分の何を指して言われているかも全くわかりませんでした。
でもそれは
本当にたくさんの人に好かれて
みんなに本当の意味で親切で
どこまでも気が利く人を見ていたからです。
あの人に比べれば私なんてとずっと思っていて
あの人みたいになれたらいいなとずっと思っていたから
追いつけない私には、その才能があるとは思えなかったからです。
ただ
私の理想とするあの人がどれだけ愛されているか
どれだけの心を配り、人をしあわせにしようとしているか
全ての人が居心地よくいるため
立場なりの在り方をするため
どれだけ細かいところまで気を遣って行動しているかということに
全ての人が気づいている訳ではない、と思うのです。
気づかない人が見れば、ただの気のイイ人で
ただ運がよくて
何もしていないのにちやほやされているだけの人に見えるかもしれない。
でも、私にはその人の愛と気遣いと
それが行動に表れていることが見えて
しかもそれが決して全てではなくて
私にもまだ気づかないほどの領域があるとわかっていたから
その人を本当にすごいと思って、
その人のようになりたいと思った。
そこに気づいていたことが、私に才能があった証だと思うのです。
何気なく聴いている音楽のほんの少しの技術の違いや
凡人には何が違うのかすらわからないほどの違いも
才能のある人にはわかる。
コーヒーの味
広告のコピー
数式の美しさ
前を走る車を抜くタイミング
そのときに取るコース
ボールを投げるフォーム
ただそこにいる佇まい
才能のない人には何も見えないところに
才能がある人は気づく
圧倒的な違いがあることに気づく。
だからこそ、才能があることに苦しむこともある。
私の尊敬したその人は本を3冊出して亡くなったけれど
自分には文才がない、と言っていた。
文才がなかった訳じゃない。
文章の素晴らしさにどこまでも気づくとてつもない才能があっただけ。
その人はときどき
好きだった本の一部を、とても大切な人のことを話すように諳んじる。
何も見ずに
好きだった文章をさらさらと口にする。
そして、この本の、この文章のこういうところがいいよな、って言うのだけれど
どうしてその文章をそう読めるんだろうとか
どうしてそう観えるんだろうっていうような感想を言う。いつも。
それはもう私の意識の範疇を軽く超えているので
今はもう、なんて言ってたのか思い出せない。
同じ文章を、そんな風に読むのはその人だけだろうと思っていて
その人が見ている世界を観ることができたらどんなにいいだろうと思った。
古典や純文学、小説や自己啓発本
本当にたくさんの本を色鮮やかに深く読む人だから
素晴らしいと言われる文章がどれだけ素晴らしいのかを
手が届かない場所にあるのかを
普通の人の何倍も何倍も肌で感じていて
だから
相変わらず文才がないとか言いながら
小説の書き方講座に通おうかとか
好きな小説家の文章丸写ししたりとかしてた。
才能があったからこそ
理想までの果てしない距離が確かに見えた。
それを、言葉にしようとすれば
「才能がない」になってしまうのかもしれないけれども
それはあまりにも
自分や、あなたが生み出すものを待っている人たちにしてみたら
失礼な話じゃないかと思うのですよ。
世界の損失でしょう。
いつまでもぐだぐだ言ってんじゃねーよ。
あ、なんか腹立ってきた。
その人は書きたいことがまだまだ山ほどあったのに、もうこの世界で書くことができなくて
書くことを約束していた人たちに、向こうで笑いながら謝っていることでしょう。
っていうかもう・・・・
・・・・・・なんか話が逸れた上に止まらなくなりそうだ。
ですので
なんだっけ
そうだ
〇〇の才能がない、って言ってる時点で
あるからな!!っていう話ですよね。
この才能をどどんと発揮している誰かがどれだけすごいかってめっちゃわかるから
そことの距離を測って、「ない」って言ってるだけですよね。
違いに気づいていること自体が、そこに才能があることの確かな証明ですから
もうあとは
遥かに続くその道を
自分で歩きますか?
遠いからって諦めますか?
っていうだけの話です。
あの人が歩くの止めたの見たことないんだよな。
「お前が生きてる今日は
誰かが心から生きたかった明日だ。」
って
大切な人をたくさんたくさんなくしたあの人は言ってました。
書き終わらなくなるから唐突に終わる!
先生、死んだら会おう。