昨日、納骨法要当日まで飾ってあった祭壇を片付けた。
葬儀屋さんが燃えるゴミや、段ボールで出していいですよ。
それが躊躇われるのであればお電話頂ければ片付けに伺います。と、言っていた。
ん~~、多少の躊躇いは有るが、わざわざ電話するのも、来て頂き会話するのも嫌だし・・・
段ボールで出すことにした。
折り畳んでひとまとめにし、今朝、ファーマーズの段ボール置き場に出してきた。
無宗教の我が家は当然、お位牌も無いので小さい額入りの遺影を出し、
病気療養中使っていた夫の部屋に夫の居場所を作った。
普通のベッドから電動ベッドに変え、2ヶ月程度しか使わなかった電動ベッドを
1週間前、カウチ代わりに使おうか?と、リビングに移したが、
再び夫の部屋に戻し、夫の部屋として残すことにした。
何故って・・・、
お骨を墓に移したら私の心に今迄お骨になってもまだ家に居てくれると言う思いが有り、
問うても何も答えてはくれないが、安心感が有ったのに、
お骨が無くなった事で、急に彼の存在が感じられず、不安感が押し寄せてきたからだ。
この不安感は一人で生きていく以上、ずーーーっと続くのかもしれない。
私は自分の朝食前に夫に水、コーヒー、ご飯を供え線香をあげ、夫の好きな宗次郎のCDを
流しているが、ふと、ちらっと覗いた夫の日記に「音楽は心の栄養になる。」と言う言葉が
書かれていたことを思い出した。
夫は若いころから音楽が好きでバンドを組んで活動していたが(夫はスチールギターや、
ドラムを担当。)病気になってからも毎日、色々なジャンルの音楽を聴いていた。
音楽を聴く事で心のバランスを保っていたのだろう。
それを思い出し、朝のひと時を夫と共に音楽を聴いてみようか。と、思った。
毎日続ける内に、私の心の不安も取り除かれるかも・・・知れない。