夫は、かねてより入院していた病院にて、7月2日午前3時07分永眠致しました。

 

ブログをお読みくださる皆様には、時には心配をお掛けしたり、時には応援のいいね!を

頂いたり、時には励ましやご指導を頂いたり、私にとっては心強い味方として、

心の支えになっておりました事、

夫の報告と共に、深い感謝と御礼を申し上げます。

本当に有り難うございました。

 

夫は、

6月22日午前9時20分、緊張性気胸の治療先S・H病院を退院、そのまま午前10時転院先

であるS・S病院に入院いたしました。

当日、夫の体調は頗る悪く、転院先にて当日レントゲン検査をやるも、気胸再発も無く、

肺炎も起こしていませんでした。

翌23日、血液検査の結果CRP値が15と上昇していたことで、当日より、抗生物質を

点滴にて投与、3日後にはCRP値が5まで下がったものの、それ以降変化は無く、

少しの動作で息苦しさが酷かったようです。

転院先病院では面会は全面禁止、電話で様子を聞く以外なかったのですが、

その後6月28日頃までは食事もまあまあ摂れている状態との事で安心していましたところ、

7月1日、午前9時ごろ、S・S病院より夫の様子が急変したので病院に来られますか。との

電話有り、病院へ向かいました。

 

電話では朝食も少し食べ、その後、会話もしたのですが、急に呼吸が荒くなって・・・云々。

と聞いていたので会話は出来るものと思っていましたが、目の前の夫は、目をつぶり、

会話どころか意識も朦朧状態でした。

 

私の言う事に僅かに首を動かし、軽く頷く感じでした。

 

もう、夫の兄弟を呼んでも良いですか?とお聞きし、夫の弟、私の姉に来て貰いました。

そんな時でも、病院ではコロナの影響を考え、病室に入るのは2人位にして下さい。と、

言われました。(個室なのに)

こんな状況下で入院生活を送った夫が気の毒でなりませんでしたが、

他の方も同じなので我慢するしかありません。

 

二人づつ交代で夫と面会し、夕方になると、閉じていた目も開き、

甥や姪も駆けつけてくれたので、意識が有ったりなかったりの状態ですが、

23時頃まで夫は会いたかった弟、甥や姪に会う事が嬉しかったと信じています。

(問いかけには頷いていたので・・・)

日付が変わって2日24時過ぎから夫は再び目を閉じ、少し眠っている様に見えました。

 

ところが、夜中の2時30分過ぎ、看護師さんが二人で夫の体の向きを変え、

その後息遣いが荒く、SPO2をチェックすると、何時もは80位に下がっても数分で

90に上がるのが、何時まで経っても80前後だったので連絡しようか、と思ったところに

看護師さんが見えたので

SPO2が80から上がらないのですが・・・と、伝えたのですが、今から吸引しますからと、

部屋から出されました。

 

痰の絡んでいないのにあんな状態で吸引?と、不思議でしたが、待つこと20分、

入室許可が出たので直ぐにSPO2を確認すると、50前後でした。

驚いて直ぐにナースステーションに行き、看護師に告げましたが、

既に分かっていた様で今行きます。と、

その時、ナースステーションでは危険知らせるをブザーが鳴り響いていました。

あぁ、もう夫の命の灯が消えかけている。

大きな失意が突然襲い、頭の中は真っ白なのに

 

ついにゆく道とはかねてききしかど きのうけふとは思はざりしを

 

古い和歌が繰り返し何度も浮かぶのでした。

 

病室に戻ると夫の息遣いは荒かったのですが、看護師さんは手をつねり、

息遣いが荒いと苦しそうに見えてもつねって眉間にしわが寄りませんから

痛さも、息苦しさも意識がもうろうとしているので感じない筈です。と、仰った。

 

私はとにかく夫が苦しまずに逝ってくれる事だけを願っていたの信じて、見守りました。

数分の内に、夫の呼吸は静かになり、呼吸する間隔も少しづつ伸び・・・

そして大きく感覚を開け消え入るような静かな呼吸を最後に、旅立ちました。

 

間質性肺炎発症より5年と2ヶ月、いろいろな場面で夫の死を意識して、

覚悟も決めていたのに、いざその時が来たら、

生きることに一生懸命努力をしていた夫の姿や気持ちに思いを馳せたり、

動けない状態での入院生活に親族との面会も出来ず不安で寂しい思いをしたであろう

気持を考え、どうしようもなく悲しく、可哀そうで涙が中々止まりませんでした。

 

お体を清めますから。と、促されて病室を出、やっと泣いてる場合じゃない。と

自分に言い聞かせ、先ずはどこで葬儀を執り行うかを決めました。

 

そして、お通夜を7月3日・葬儀・三日目を7月4日に済ませ、1日から5日まで、眠気は来ても

眠れない状態でしたが、昨夜はやっとぐっすり眠ることが出来ました。

 

姉から、知人の姉妹が間質性肺炎を患い亡くなる時には凄く苦しんだんだって。等と

聞いていたので、夫が逝く時には苦しまずに逝って欲しいと、そればかりを願っていました。

先生からも看護師さんからもKさんは痛み、苦しさは無かったと思いますよ。と、聞き、

安心いたしました。

亡くなる時の事までブログに書くなんて・・・と、思われるでしょうが

夫の最期を心に刻んでおくためにも文章で残しておこうと・・ご理解ください。

 

先ずは、ご報告、並びに御礼迄。

 

 

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