ブログご無沙汰していました。夏バテも少しずつ解消し、夜も寝つきは相変わらず悪いですが、薬に頼らず過ごせるようになりました。





精神的に大分落ち着いてきて、数ヶ月前のことがなんだか嘘のようです。





でも不安にならないといったらそうでもなくて。テレビの情報とか、雑誌とか、自分を不安定にさせるような情報から極力離れて生活してます。







そういえば、最近あんまりお酒飲んでなかったのですが、体調が良くなってきて一昨日は久々に飲みました。そうしたら、また最近あったある彼の件のことを責めたりして、当たってしまいました。こんなこと何回もこれからあるのか、と思うと彼を切り離してしまいたくなるけど、結局別れるつもりもなくて不満を噴出してしまう・・・。







私は彼に依存している。前にもブログでそんなこと書きました。







友達はそんな私にもっと自立すべき、一人になるべきだと言う・・・。







喧嘩した時、彼は私の100%にはなれない、というかなってはいけないんだと言いました。私は自分が好きな相手なら他の人を切り離してしまえる、その人がいてさえくれれば他の人がいなくてもいい、なんて極端に考えることがあって、多分言わずともなんとなく彼にそういうところが伝わってたんでしょう。これから就職して、またたくさん新しい友達や、先輩、後輩ができてそういう人にも私を分けてあげてって。それは私のことが嫌いとかそういうことではなく、私のためだと彼は言いました。







確かに友達や彼の言うことはもっともなことだと思います。依存と服従は表裏一体ですから。







依存しているときは楽なものです。相手に頼ることで、自分で苦労することから逃避できるから。でも、自分がしたいことを見つけてその意思を通そうとした時に、相手から文句を言われても反論できなくなってしまうのです。逃げる事によってその時は楽かもしれないけど、後で自分の可能性や選択を狭めて、結果自分の手で自分の首を絞めることとなってしまう。







自分が歩みたい人生を選択できるようになるためには、まず自分が容易い道に逃げ込まないで、一人で立って戦わなければならない・・・本当にそう思います。











私は彼にとって全てにはなりえないし、彼も私にとって全てにはなりえない。悲しいかな、でもこれが現実なんでしょう。











ちょっとずつ、彼との距離を置いてどの辺がいいのか考えようと思ってます。少しずつ。自分が彼と離れても不安にならないように。






電車に乗って学校から帰ろうとホームで待っている時、帰りの道の線路で電車が通り過ぎる瞬間。

なんだか、だるくて動悸と立ちくらみ、タバコを持つ手がガクガクと震えて、どうにかなってしまいそうな気持ちだったので、ふと、電車に飛び込んだらどうなるのかしら?なんて考えてぞっとしていました。



タバコの本数が増えたことを彼にとがめられました。4月で辞めるとか言っていたのに、減るどころか、増えていると。



自分は単なる口約束だけで、何も我慢していない。



夜中そんな自分を戒めるために、自分への罰としてカッターで手首を切りました。

これから自分が言ったことを守れなかったら、また切ればいいのだと思いました。



外は晴れていて穏やかでした。こんな平和の中でぼんやりと浮かんできた狂気に

喰われた気がしました。




夜中、彼に「○○にとってセックスって何なの?」と聞きました。彼は黙っていました。

聞いてるのと聞き返したら、「面倒くさいから明日聞いてくれ。」と言いました。

以前風俗で働く友達に同じことを聞いたら、「単なる生殖行為」と答えました。その友達を病んでると私は言いましたが、こんなことを彼に聞く私も病んでいるのだろうと思いました。




今日も手紙の宛名を書く手ががたがたと震えました。いらいらしました。自転車をこぎながらみんな何もかも滅茶苦茶になってしまえばいいのに、なんて思いました。




なんでわからないんだろう・・・いや、わかろうとしなくていいのか、なんて考えてました。



昨日今日なんだか静かなる狂気に侵されたみたいでした。

付き合って同棲し始めると、今まで財布や携帯なんかチェックするつもりなどなかったマリアでしたが、ついおととい見てしまいました。


以前携帯見たときは見知らぬキャバ嬢や、財布を見たときは風俗のポイントカードがあったりして喧嘩になったことがありました。風俗は自分が浮ついていた頃だったので、仕方ないと思い、キャバ嬢のメアドは削除させてもらい、和解しました。




それ以来見まい・・・と思ってたのですが。




出てきたのは見知らぬ女の人のメアドの書かれた紙。



二人で飲んだ帰り、また信じられないと私が言い出して、彼もいつものように「こんだけ仕事も休んで一緒にいるのに、まだ信じられないの?それじゃこれからお互い働き始めて一緒にいる時間が少なくなったら、○○(マリア)は無理だよ。」と怒られました。



私が以前携帯や財布の中を見て、あれだけ喧嘩したのに、私に疑われて心配にさせるものを入れておく彼の無用心さというか配慮のなさに思わず私はキレてしまいました。





「もう帰る!!」



と道端で傘をぶん投げ(笑)、一人早足で彼を置き家に帰りました。

後で彼にその紙を見せると、私と彼がよく行く顔なじみのバーの、年上の女の人で知り合いでした。



再び和解。


これからもこういう喧嘩があるのかな、と思うと気苦労で自分が折れてしまいそうだと、よく思います。

以前彼の携帯を見て、知らない女の子の顔写真があった時、浮気を疑って私が知る彼の同僚に電話をかけたことがありました。



その同僚に相談したとき、「浮気や風俗などわからないようにやってくれ、隠すことができないくらいだったらやらないでくれ。」と私は言いました。同僚は見るほうも悪いけど、確かにばれるくらいなら最初からするな、と言い、彼に言うか言うまいか悩んでた私に、私の性格上、黙っているのは無理だと言い早い段階でガチンコしてみてもいいのではとアドバイスをされました。





携帯や財布をチェックしたり、同僚やその女の人に電話をかけて怒っている自分の行動のあさましさに、自分自身情けないというか小さいというか、醜いな・・・と思いました。




自分が彼の誰よりも長い間ずっと一緒にいて、彼も自分のことを思ってくれて色々頑張ってくれている、

それを感じているのに、ほんの些細なことでそれまで築き上げてきたものを壊すというか否定し疑おうとしている自分は、本当に小さい・・・・・・・・・






そう思うと自分自身がどうしようもなく情けなく思えて、泣かずにはいられませんでした。





たぶん自分は彼の全部を独占したい、そう思っているのだと思います。






その貪欲さが自分を醜くさせている気がしました。そんなことするのは無理だとわかっているのに。




仏教校で育ってきた私はふと、『煩悩』ということばが頭に浮かんできました。

『煩悩』という言葉は、『貪欲』『瞋恚』『愚痴』という人間を苦しめる三毒が根源とされています。

その中の『貪欲』は万の物をむさぼる心のことを意味します。(詳しくはウィキペィデアを見てください。)




自分の中にある有り余る(笑)欲が自分自身を苦しめ、醜くさせている・・・。

そう思っていても、次から次へと欲は出て、あれも欲しい、これも欲しい、全部欲しい・・・とキリがありません。自分はなんて欲深い人間なんだろうと、仏教で学んだことを振り返っては実感する今日この頃です。






いつになったら悟りの道に入ることができるのか。


先は長そうです。