私が小学2年の時に、母は再婚した。

私と兄は、物心がついた頃から母子家庭だったから、父親という存在を知らない。

私たちにとっては、この再婚相手が父親の基準となる存在だった。


再婚して結婚式を挙げ、母と義父は新婚旅行へ行った。もちろん、私と兄は留守番だ。

約1週間、小学2年と小学1年の子供が2人で留守番。
今、考えれば心底あり得ない、バカげた話だ。


小学生になった私たちは、ご飯は自分で炊けるようになっていた。
しかし、火を使った料理は出来ない。
電子レンジとトースターは使える。

朝はパンか、前夜の残りご飯で朝食を済ませて学校へ行く。
お昼は給食がある。
そして夜はご飯を炊いて、おかずは冷凍食品をレンジで温める。


こんな感じで食事は何とかなった。


問題は毎日の服だ。

洗濯機の使い方を知らない…

服もそんなに持っているわけではなかった。
むしろ、少なかったと思う。2〜3日分の服をローテーションして着てた記憶がある。


洗濯機の使い方がわからず、とりあえず洗面所で石鹸を使って手洗い。

ちゃんと洗えてるかどうかなんてわからない。
ひたすらゴシゴシして、絞って干すしかできない。

しかし、絞り方も力が弱いからビショビショだ。
当たり前だが、そのまま干しても翌日には乾いてない。

仕方ないから、兄と2人で体操着を着て登校。


登校中、当たり前だが友達に声をかけられる。
『なんで体操着なの?』

そりゃそうだ。
でも、服がないとは言えずに、ひたすら誤魔化す。

学校に着くと先生からも同じ事を言われる。
『なんで体操着なの?』


これまた、服がないとは言えない。
咄嗟に出た言葉は兄と同じで、2人でハモりながら

『間違えました…』





小学生になってからは、私にとって兄の存在がとても大きかった。
兄が居れば寂しくもない。兄が一緒なのがとても心強かった。






1週間の新婚旅行を終えて母と義父が帰宅した。
私たちへのお土産なんて物はない。

期待もしてなかったから、何とも思わなかった。



義父は一応心配してたようで、自分たちが居なかった1週間の出来事を聞いてきた。

特に問題はないと伝えると、2人で留守番してくれてありがとうと言ってくれた。

ありがとうなんて母から言われた記憶がなかったから、妙に嬉しかったのを覚えてる。




義父はゴルフとテニスをしていて、週末は大抵どちらか。
テニスの練習の時は母と私たちも一緒に連れて行ってくれていた。

義父のテニス仲間が自分の子供たちも連れて来ていたから、大人はテニスの練習をして子供は子供同士で仲良く遊んでた。

義父の影響で母もテニスをやり始めたから、週末のテニスの練習は私たちも楽しみになっていた。


父親がいると、こんなに楽しいのか…と思ったりもしていた。




今思えば、この頃が一番、平和だったのではないだろうか…