あれよあれよの師走到来・・・

月日の経つのははやい・・・ これも年のせいか

 

ああ、8月に完成したわが『卑弥呼物語~愛の誓約』

3ヶ月あまり・・ ほとんど売れてません

 

トホホ・・

 

 

買って 買って下さい どなたか・・・

 

年末大特集、今回のブログは、この本の最終回を記載致します。

 

これを読んで「なんか良さそうじゃないか」と思われた方は、

熊本市上通町(熊本城の近く・熊本の繁華街)の『長崎書店』に

(096-353-0555) お急ぎ下さい。よろしく御願いします。

 

 

 第二十二章 永遠なれ 愛の誓約(うけい) 

 新月の夜は暗い。心痛は閉ざされ先が見えない。切なさの深淵を覗くとき、花はそっと開く。
女王のもとに、アマミツ戦死の知らせが届いた。永逝の悲しみが王宮をつつんだ。女王は病床から起きられ、虚ろな目で何も言われず、そろりと歩をすすめられた。虚無の天空は、真っ暗となった。安置所の火明かりに、女王の青ざめた顔だけが浮かび上がった。
「わたしは夢の中に居る・・  わたしには、何も見えませぬ・・」
側仕えの巫女たちは、地面に両膝をついて、静かに目を閉じ、祈りを捧げた。
「わたしが愚かなばかりに・・ 弟を、死に・・ 」 
膝からがくりと崩れ落ちて、激しい嗚咽をあげられた。
「ぐわわあ・・  アマミツが・・   わたしのアマミツが・・ 」
「魏に援軍を申し出たわたしの愚かさ・・ 二度といくさなどないと思っておった」
「ああ、虚しき・・ 」
 女王は、ゆらゆら立ち上がられ、ふらふらと歩きだされた。側仕えの巫女たちは涙を流してついていく。女王は、衣織る機屋に独り入られ、急に鍵を閉められた。泣き喚かれて、窓をどんどんと叩かれた。巫女たちが扉を開けようとするが、固く閉ざされて開かない。仕方なく巫女たちは扉の向こうから女王を見守った。
 女王は、窓から、満天の星空をご覧になられた。
「あはれ、か弱き者よ。来世に来いと伝えてる。わたしには分かります。あなたがアマミツだと」
「姉弟・・ 日と月・・ 憂き世照らせども・・ 常に遠く隔たって・・ 」
「安寧をもたらす無二の光・・ 月はまったく御隠れになられた。永逝に想い果てる・・ 」
女王は、涙涸れるまで、ひと晩中泣き続けられた。巫女たちも扉の外で、一緒に、はげしく泣いた。

 吉野ヶ里に住まうアマミツの家族にも、死の知らせが届いた。
夫の死を知った柊華は、家族を連れて高良山へと向かった。路中、子どもたちは、母を励ました。その言葉に、笑顔を見せる母。アマミツには四名の子どもがいたが、すでに立派に成長し、柊華の営む勾玉の工房に入って、職人としての技を磨いていた。
高良山の安置所に着くと、さすがに柊華は愕然として、悲しみに暮れた。
「ああ、あなた・・  今生の別れ・・」
夫の思いやりある言葉や、優しきふれあいを思い返し、涙を流した。
アマミツの子どもたちは、「御父さま・・」と言って、涙を流しながら手をあわせ、心震わせた。
一番末の子は、十二歳になる台(と)与(よ)という聡明で美しい女性(ひと)であった。(柊華は異母となる)
《父は、生涯を倭国のために傾注してこられました。雨の日も風の日も民を想い、この国の平和のために尽くしてこられました。父の偉大さは天下無双でございます。御父さま。私は、決して御父さまの死を無駄には致しません。熱く優しき真心を受け継ぎ、必ず、倭国を平和で豊かな国にしてみせます》
台与は、父の霊魂に向かってこう誓った。
 家族は、女王に面会したいと願い出た。応対した巫女は事情を話し、理解してもらった。アマミツの御霊は、家族とともに吉野ヶ里に帰ることを許された。アマミツは吉野ヶ里の北墳丘墓に埋葬された。台与ら子どもたちは、一番大きくて美しい瑪(め)瑙(のう)勾玉を作り、父の棺に納めた。

 「全軍、出撃じゃーっ! 今度こそ、卑弥呼を討ち果たせ!」
態勢を立て直した狗奴国軍は、時を待たずして出撃した。狗古智卑狗は、必ず倭国を征服せんと覚悟を決めていた。
家族を殺されたうらみ、国王の想い抱いて、きょうこそ事を成し遂げん・・
知らせを受けた倭国軍には、指揮官がいない。女王は病の床である。時間がない。巫女の長は、大役を陽炎丸に依頼した。
「陽炎丸さま、民を避難させ、皆の安全を・・ 軍の指揮をお願い致します」
陽炎丸は、意を決した。ムラ長らに連絡を送り、人々を安全な地に移動させて、戦禍を免れる態勢をとった。
そうして、高良山の麓に構える倭国軍全兵に、軍長としての心意気を示したあと、狗奴国軍撃退の作戦をこまかく伝えた。陽炎丸は出陣の雄叫びを上げた。兵士たちの魂は燃えたぎり、激戦を勝ち抜く意志を示した。
「わが倭国軍の勇猛な諸君、存分に戦うが良い。倭国を勝利に導き、平和を取り戻そうではないか」
「おおおーっ! 」
 高牟礼の南部の地で両軍は激突。激しい戦闘が繰り広げられた。数で劣る倭国軍は、落とし穴を仕掛けて、敵の戦意をくじいた。また、崖の上や木陰や谷底に兵を置き、不意討ちを掛け弓を放った。さらに、落石攻め、火投げ攻めなどの波状攻撃により、狗奴国兵に痛手を与えた。それでも狗奴国軍はひるまなかった。狗奴国軍は前進し続け、一気に高良山の王宮をめがけた。
「女王さまを必ず守るのじゃー」
陽炎丸は檄を飛ばした。兵士たちは、敵の侵攻を止めようと全力で戦った。しかし、時間が経てば数の力がものをいう。狗奴国軍は、倭国の守備を突破し、ついに高良山まで達した。
「うおおりゃあー」
陽炎丸は、太刀を振りかざし、敵兵をなぎ倒した。狗奴国軍は、陽炎丸が新たな軍長と知って、矢を集中させた。
「うぐぐぐ・・っ」
敵兵の矢、陽炎丸の腰の辺りを突き刺した・・・
「何のこれしき・・ かかってまいれ」
負った傷をそのままに、陽炎丸は勇敢に戦った。さらに十数人を倒した。
「うっ、く、く・・」 陽炎丸は、よろめいた。
立とうとふんばる、が、崖下に、落ちていった・・ 
「虚しき、いくさ世。勝つことだけか・・ 女王さま、お許し下さい」
最期の声が、高良山中に響き渡った・・ 陽炎丸は、地面に激突し、息絶えた。
女王を最後まで守り通そうとした陽炎丸。その瞬間まで、女王のことを思った。
 倭国軍は、アマミツ、陽炎丸、そして多くの兵士を失った。 残った倭国軍の兵士に、巫女の兵士が加わった。勇敢に戦い、狗奴国兵の王宮への侵入を食い止めた。しかし、このままでは・・ 
滅びの危機を感じた巫女たちは、祈祷場に入って、懸命に日神に祈った。

 間に合った・・ スサオは、一大率軍を率い、ようやく女王の居る高良山に達した。
 ああ、兄さま。 勇士たる最期、御見事でありました。 今は、女王さまをお守りせねば・・
「それー、全軍、かかれーっ。絶対に、女王さまをまもりきれー」
一大率軍の兵士たちは、高良山中にかかる所にいた狗奴国軍に襲いかかった。
「おらーっ、かかってこい。兄のかたきをとってやる。それーっ」
スサオの手には、魏の皇帝から賜った黄幢があった。その旗をなびかせながら、スサオの太刀は、敵兵を次々になぎ倒していった。精鋭兵を揃えた一大率軍は、狗奴国軍を圧倒した。勝敗が明らかとなった。
「いざ、勝負。一大率、覚悟・・」
スサオは思わずぎょっとした。一大率・・ 自分の正体を知っている。なにやつ・・
「御前は・・  狗古智卑狗・・」 
スサオと狗古智卑狗。何という運命の悪戯。最初で最後の出逢いが、この決戦高良山であった。
おたがい、相手を睨み、腰を据え、足を構え、相手のすきをうかがう・・ 
太刀をふりかざし、睨み合い、じりじりと・・
「はいやーっ」 狗古智卑狗から斬りかかった。
「こしゃくな」 スサオも太刀を振り抜いた。
ぶつかり合う太刀、甲高い音、力の入った両者の二の腕、意地と意地とのぶつかり合い。壮絶な剣闘・・
ばさっ スサオの太刀が切り裂いた。鮮血、吹き上がる・・ 狗古智卑狗の躰が、どさりと地面に落ちた。
「死ねぬ。死ぬわけにはいかぬ・・ ああ、王さま・・ 」
狗古智卑狗はここまで狗奴国軍を導き、勇敢に戦ってきた。最期の言葉を残し、狗古智卑狗は倒れ落ちた。
戦場には空虚な風が駆け抜け、時空を止めてしまった。
そのあと、東風が、新緑の香を運んで過ぎ去った・・
残された狗奴国軍の兵は、敗戦を悟り、逃走し始めた。一大率軍はさらに追い詰めた。狗奴国軍は全滅した。
「もう、良い。これまでじゃ。すべて、終わったのだ・・」
スサオは、一大率軍兵を集め、いくさの終結を告げた。
一大率軍は、奪われた領地・領民を取り返し、往来の自由を保障し、民にもとの生活に戻るよう告げた。一大率軍全兵は、各々の配置場所に帰って行った。そうして、スサオは、急いで王宮へと向かった。

 「女王さま  じょお・・」
スサオが見たものは、閉ざされた機織りの部屋の中で、目をつむったまま横たわる女王の姿であった。
女王は、弟の声を聞かれて、目を開かれた。
「おい、部屋の鍵を開けぬか。中に入らせよ」
スサオが怒鳴れど、巫女たちは顔を見合わせるばかり。睨むスサオの眼光におされて、巫女の長は急遽宇豆女を呼んだ。宇豆女が扉の前で激しく踊れば、扉はぎーっと音を立てて開いた。スサオはすぐに部屋に入った。
「姉さん、分かりますか。スサオです。ご安心ください。狗奴国軍は撃退致しました」
「・・・」
「平和が戻ったのです。姉さんは何も心配せず、お休みください・・」
「ああ、スサオ・・  逢いたかった・・ 」
「姉さん・・」
「わたしは・・ たくさんの犠牲を出し・・ 許されまい・・」
「姉さん、自分を責めないでください。早く元気になることだけ考えて下さい」
「あ、あ・・」
「望んでいた平和に、民も安心して暮らしに戻っております」
「平和が・・ 良かった・・ 皆が穏やかに暮らしている・・」
「姉さん、また、山を下りて、民の暮らしをご覧になられるでしょう。その日のために・・」
「ああ、もう一度、民の笑顔が見たい・・ 明るい日の光を浴びながら・・」
息絶え絶え・・  スサオは、大きく震えた。
「ありがとう、姉さん・・  ただ、ありがとう」
「スサオ・・ 憎しみも悲しみもない あの空へ」
「ねえさん・・」
「倭国は、もっと平和で、美しい国になりますね・・」
「当然です。そうしたのは、姉さんではございませんか。己を棄て、ひたすら民を想う気持ちが、倭国を豊かで平和な国にしたのです。ほんとうに良く働く民がいて、美しい海と山が広がる素晴らしい倭国となりました」
スサオは、姉の顔の近くに自分の顔を寄せた。これまでのことを思い、涙があふれ出た。
「姉さん、これからは・・」
「あ、スサオ、『愛の誓約(うけい)書』は・・ 」
「はい、ちゃんと持っています。胸のおとしに大切に持っています」
「良かった、スサオ・・  最期に、あなたが居てくれて・・ 」
「姉さん、しっかりして下さい」
「こ・・  今まで支えてくれて・・  ありがとう・・」
目を閉じられた。顔の力が抜け落ちた。言霊が空にうかび、魂となりて、天に昇っていった・・  
「うああー 姉さん ねえさあーん・・」
スサオは、姉の胸に顔を押しつけて、大声で泣き叫いた。
「女王さまが・・ ああ、あ・・」 長年仕えてきた巫女たちも、大声で泣いた。
女王の最期の御顔は、微笑みを浮かべておられた。柔らかく、美しく・・
瞬間、女王という大任から解き放たれて、自由となられた・・

 女王は御隠れになられた。日神も哀しまれたのであろうか。青天の空に、突然の怪しき暗黒・・ 民は天を見上げた。
「これは、どうしたことか・・」
「おい、見ろ、 お日さまが・・」
「おかしなことじゃ・・ お日さまが・・」
「欠けておられる。これは、日神さまのお怒りじゃ」
たくさんの人が、日のはじが陰ってきたことを不思議に思った。
「恐ろしや、奇異なるくらやみ・・」
「日神さまの祟りじゃ、逃げるんじゃ」
日の御姿は次第に小さくなっていき、さーっ
地上は夜のごと暗くなった。日は完全に影となってしまった。
異変と殺気、死の前触れを感じ、人々は叫び声を上げ、逃げ惑った。
「いくさの天罰じゃ。この平和は続かぬ」
「いや、ひょっとしたら、女王さまに何かあったしるしに違いない」
人々は、女王の身に重大なことが起きたと察した。
「女王さまは・・ 女王さまはお元気でおられるのか・・」
「女王さま」 「女王さまー」 「われらが女王さまー」
女王を呼ぶ声が、高良山に向かって響き渡った。
光りを 温かさを われらに  鳥の羽ばたきも無音 獣の声もきこえず 
そのとき・・・ 
暗黒の空に、一筋の光が・・
やがて、日の陰りは少なくなり、いつもどおり、天地に明るい陽光が降り注ぐようになった。
「おお、良かった」 「われらは、救われた」
「これも、女王さまのおかげだ」 
「ああ、女王さまがお助け下さったのだ」
騒動は収まった。民は、陽光の有り難さ、女王の有り難さを、改めて知るに到った。
そのとき、高良山の巫女の長が、集まりし民に、重大なことを告げた。
「女王は、お亡くなりになられました・・」
倭国の民はみな、涙を流しながら、叫んだ。
「信じられぬ。きっと、きっと、女王さまは生きておられる」
「ああ、女王さまは、亡くなられぬ」
死を受け容れることができず、ムラ人も、海の民も、山の民も、働くことをやめた。
倭国中の人々は、高良山の麓に集まった。人々は、蘇生を願う魂呼びの儀式を行った。大勢の巫女たちは、懸命に祈った。
 ひと月が過ぎ、ようやく人々は落ち着きを取り戻した。女王の死を悼み、人々は心の中で静かに祈りを捧げた。
「女王さまの御墓を造り致そう」
王宮の呼びかけに応じ、みな昼も夜も働いた。大いなる墳墓は、高良山の麓に完成した。
「ああ、偉大なる女王さま」
「安らかに永眠下され」
「われら倭人は、女王さまの真心を決して忘れません」
アマミツの末子、台(と)与(よ)は、女王卑弥呼の亡骸に七日間じっと寄り添った。女王の真心は、たしかに、台与に受け継がれた。
ひつぎは、伊都産の石が用いられ、厳かに女王の御遺体が納められた。
長年従った高良山の巫女たちは、次々に殉死していった。
亡くなった巫女たちの真魂を悼み、女王の墓の周囲に埋葬された。
 魏の遣いである張政が、伊都の湊に着いた時、すでに女王はお亡くなりになられていた。張政は、非常に残念に思い、迎賓館にて女王の冥福をお祈りした。倭国に再び王位をめぐる混乱が起き、張政はその内実を記録した。もっとも、わずか十七年後に魏が滅ぶとは、張政さえも思っていなかった・・ 

その生涯を平和と人々の幸福のために捧げられた女王卑弥呼。
荒波をいくつも越え、山の激しい怒りを鎮め、荒んだ嵐をおさめ、人と人との隔たりをなくしてこられた。
いくさを憂い、傷ついた人をいたわり、貧しい人を常に思いやられた。
民を愛し、民に愛され、今なお、この国のことを天から見守っておられる。
私たちのこころに生き続ける卑弥呼。

   享年八十八。二四八年のことであった。


 出雲日御碕。スサオはさすらいの果て、ようやくたどり着いた。
激しく打ち上がる荒飛沫を全身に受け、尖った岩場にひとり立つ。
ああ 侘しき森に梟なき 悲しみの海に鴎がなく 愚かさは無情にも空しさを呼び寄せる
叩く 叩く 怒りにまかせて 叩く 切り裂く荒飛沫は 御前も泣けと言ってくる
幼き頃 海辺に駆け回り 砂浜に夢を語り合った つなぎ止めてくれた大きな柱だった
心の支えだった二つの柱は 天上にいってしまわれた 懺悔の泡さえ戒めることなしに
そうか  母も この海にこうして立っておられたのだな
すでに新しい時代が来ている 水平線に響き渡る声に 応えなければならぬ もう 私も
だが なにをすれば良い  大らかな海よ こたえてくだされ
私に なにが出来るだろうか

  ザーザーザーッ ザザザザザーー
     ザアザアザア  ザザザザザーー

ああ 母の声がする
意のままに生きなさい あきらめずにさいごまで
いのちを守れない者が 男にはなれない  愛を感じることの出来ない者が 父にはなれない
魂を重んじることのできない者が 王にはなれない  
尊き無数のいのちが ちっぽけな私へ繋がれようとしている
ああ 姉さんの声がする
思いっきり悩みなさい そのあとは勇敢にやるべし
でも 姉さん 倭国はもうまとまりをなくしている  東方の男王が立てど 誰も従おうとしない
国なんて本当はいらないのではないか 最後にあるのはふるさとだけではないか と思う
姉さん 私はもう一度 誓約(うけい)の真意を考えてみるよ
よし やるか  ここから はじめるか

スサオの心に、めらめらと炎が灯り、躯には、もりもりと力がわいてきた。
スサオは、八雲立つ地から、残りのたびを始めると決意した。
姉からもらった《愛の誓約》を抱いて。
大海原に背を向け、ゆっくり、ゆっくり、山岳に向かって歩き出した。