いよいよ最終回となりました。

この回にご興味をもたれました方は、最初からお読み下さると嬉しく思います。

では、宜しく御願い致します。

 

(前回の続き)

 

 陽差しが眩しい。きょうも金峰山は胸を張る。

七十四万の雑踏に「ごきげんよう」とささやきかける。

テレビ塔の針棒はきりりとして動じない。

麓の里山は、みどりに溢れている。きらきらと光を跳ね返して、いのちのほとばしりを魅せ付ける。

智恵美は、父の遺した田圃の畦に腰掛けて、父と語り合ったわずかな時を思い出していた。
父が、父の笑顔が・・・ 不思議な感覚。

一番始めに心に焼きつくべきものが、一番遅れてやって来た・・・

 虫の知らせ・・・ 父は私と逢ったとき、「お迎えが間近に」と悟ったに違いない。

だから、繰り返し、「わしの話を聞いてくれただけで、気持ちが楽になった」と言ったのか・・・

父が遺してくれた花が咲いた。昨日から咲き始めて、今日で五輪。

清雅高爽の名のとおり、ぱっと開く一重咲きの潔さ。くどくない純朴さに面影。

ひとり黙々と農業をやり遂げた父・・・ 誰にも褒められず、誰にも認められず・・・

ここに愛を遺す。ここに未来への意志を遺す。

父の日には、そして誕生日には、父の偉業をなぞってみよう・・・ この田畑で・・・
「おはよう、智恵美」といの一番に若菜がやって来た。
「おい、なかなかいい処じゃないか」とゼミの秀才・智宏がやって来た。
「オッハー、よっ、智恵美どの・・・ 」とゼミの漫画通・拓也が気取ってる。
「ヨス、ちょっと、トイレ借りるぜ」とゼミのイケメン・優樹がせわしない。
「みなさん、おそろいで。お手柔らかに・・・ 」とゼミの後輩・真治がグラサンにツナギ姿でやって来た。
「ちょっと、智恵美、道ワカランやったけん、大事やったー」と親友の梨央が赤の軽トラでやって来た。
「ありがとう。ありがとう、みんな」
智恵美の呼びかけに応じ、有志が六名も集まってくれた。

智恵美の父の意志を引き継いで、蒼々たるメンバーが畑を作り直す。
 まずは、男たちが刈払機で、草刈り。若菜たちは、刈った草を集めて、落ち葉とともに土地の隅っこへと運ぶ。

「こりゃ、いい堆肥になるよー」

そして、土起こし。「体力が勝負。俺に任せろ」と優樹がスコップで土を三十センチ掘り上げてゆく。

カチカチに固まっていた畑が、息を吹き返した。

そのあとを他のメンバーが土を砕き、ふるいに掛けて土を細かくした。

「木村さんが生きた畑を作ってこられたおかげで、団粒構造が残ってた。よか畑になるばい」と拓也が言う。

智恵美と梨央は、苦土石灰、混合堆肥、肥料を平たく蒔いてゆく。

すぐに、土と混ぜ合わせる。土壌はみるみる生まれ変わった。

「土作りは、まだ、これから。根気のいる作業たい」と智宏。

若菜は、その言葉に頷きながら、早速、畝を作り始めた。
「ちょっと、ひと休みしよう」 智恵美が、お茶とお菓子を畑に持ってきてくれた。
「いただきまーす」
「ごくろうさま。これで、畑は何とかなるね」と梨央が言う。
「私、決めた。この農場を多くの仲間たちと活性化させて、世界一の農場にしてみせる」と智恵美が言う。
「うん、智恵美、そこで提案。私、この農場の名前を考えてみたんだ。

あのね、『無何(むか)有郷(うのさと)くまもと』としてはどうかな・・・ 」

と若菜が言う。
「いいね! 『無何有郷くまもと』。賛成! ねえ、みんな、『無何有郷くまもと』をこれからみんなの力でつくってゆこうよ」
「よか~ さんせーい」 「おお、若人の集う楽しい農場にしようじゃないか」
「よーし、俺、ここに住まわせてもらって、畑をもっとよくするぞ」
「わはははっ、おまえ、智恵美さんと住むつもりか?」
明るい笑い声が、里山に響き渡った。
 畑、田圃、雑木林作り、観光農園、個別販売・ネット販売、民宿・・・
七人のメンバーは、農大卒業後、思い思いにアイディを出し合いながら、

『無何有郷くまもと』の実現を目指して、がむしゃらに働き出していった。