一月もあと一週間となりました。侘しい日々。

二年前に出来上がった作品が、未だお披露目することなく眠っております。

本にするお金が在りません。

ブログを通じて、御紹介致します。途中からです。

自分では最高の作品のレベルにあると思っています。

ぜひ、お読みくださって、良いと思われるならば、「いいね」を御願いします。

 

 

 一九七七年の春。東京。
 ぼくの勉強部屋。しんしんと寒さが染みる。だらしなく大の字に寝転がり、天井を見つめる。

高校まで六年間、野球部でグランドを駆け回ったシーンが脳裏に浮かぶ。

ひたむきに白球を追いかけてきた純情が、夢のように遠くに感じる。

ああ、もう、終わったんだ。そ・つ・ぎ・ょ・う。

ぼくは、東京の大学にも合格していたのだが、そっちはやめることにした。

在京の大学よりも地方の大学に行って、見知らぬ土地で一人暮らしをしたい。

今のままでは、自立した大人にはなれない。自力で生活をしよう。どうせこの家に居ても仕方がないんだ。

借金に追われ、仕事に追われて苦労している父と母。その父と母を手助けしたい気持ちはある。

でも、未熟なぼくに何が出来る。何もできやしない。だからこの家を出るんだ。

親の期待を裏切り、窮屈で仕方のないこの家から飛び出てやれ。何もかも吹っ切って、この現実から逃げ出すんだ。

ああ、何なんだろう、この気持ちは・・・自立と言えば聞こえはいいが、ただの身勝手・・・

ぼくは、ありったけの服と日用品を鞄に詰め、旅立ちの用意をし始めた。
「父も母もまた遅く帰ってくるだろう・・・両親には、行ってきますと言わないほうがいい」
重い鞄をぶら下げ、ためらいなく家のドアをばたんと閉めた。行くしかない。

立ち向かうしかない。早歩きでどんどん家から遠ざかって行く。

見慣れた光景が、目に飛び込む。いつもの公園には、染井吉野の蕾が見える。

薄桃色が、侘しさや寂しさを超えて輝いている。

地面の方に目線を移せば、さわやかな春風が、菜の花やたんぽぽを揺らし吹き抜けた。

暖かな日だまりには、すずめの恋人達が遊んでいる。仲良く土を啄んでいる。

だが、立ち止まることは出来ない。

しばらく歩くと大通りに出た。

スーツ姿の男女の行き交うスクランブル交差点のざわめき。潤いのある売り声のブティックのハウスマヌカン。

そして、高層ビルの合間から見える東京タワー。この街で、たくさんの人が働いている。

それらの仕事のおかげで、自分の生活が成り立っているのか。

東京か・・・と呟いても、歩を休めることは出来なかった。本当は、未練や不安の方が先立っている。

どうにかなるさ、過去は全て置き去りにしようと、勢いに任せて、電車に乗り羽田空港へと向かった。
 航空チケットをぼんやり眺める。

父にも母にもに家を出ることを言わずに飛び出してしまったこと、ちょっぴり我が儘な自分を後悔している。

後ろめたさを引きずったまま、空港内に入った。チケットを搭乗券に換え、手荷物を預けた。

初めて来た空港の景色は目に入らず、待合室の椅子に座って時を持つ。

放心状態で、飛行機に乗る。やがて離陸態勢へ。急速に加速し飛び立ってしまった。

体ごと持って行かれる衝撃。ものすごい速さで空を飛ぶ。初めて乗った飛行機。

心中には、父のくつろいだ姿、母の涙顔、部活時代の遠征の思い出、それらの事がごちゃまぜに交錯する。

そして、これから向かう所への思い入れ。はて、どんな所なのだろうか。
 シチュワーデスが「お飲み物は」と訊いてきた。

ぼくは好物のオレンジジュースを頼み、ゴクッと飲んで、はーっとため息をついた。

これから向かう地で、ぼくは何をしたいのだろうか・・・

あーあ、本当に東京を出て来て、良かったのだろうか。ため息の嵐。

心が落ち着かず、窓の外をちらっと見ると、抜けるような真っ青な空が見えた。

ぽっかりと浮かぶ白い雲が、飛行機よりも下方に見える。思わず身を乗り出して、窓から下界を覗いてみる。
「すごい。初めて見た。あれが、エメラルドグリーンか・・・」
たちまち、さっきまでの不安な心が、嘘のように晴れ渡ってきた。
「こんなすてきな空と海を毎日見られる生活って、どんなものだろうか・・・」
期待に胸膨らませて、ぼくは、窓から見える景色を眺め続けた。
「皆様お待たせしました。当機は間もなく、沖縄那覇空港に着陸します」
機内アナウンスが告げた。もやもやは消え去り、何だか新鮮な気持ちが湧いてきた。
「着いたか・・・これから何をどうしたら良いのだろう」
愚痴っぽく呟く。自分の幼さと頼りなさが身に染みる。

こんなに不安ならば、親元から東京の大学に通い、大人しくしておけば良かったのに。

それでも、これから始まる沖縄での大学生活のことを考える。

ベルトコンベアが動き出し、手荷物を受け取った。

ふらふらと空港内を見て回る。「めんそーれ」と言う女性の声のする方へ寄ってみた。

免税店というサインボードが目に飛び込む。

柱に貼ってある説明書きを読むと、外国からの輸入品が免税され、安値で売っているらしい。

酒類やハンドバッグなどが並んでいるが、ぼくにはどれだけ安いのか、見当がつかないし、買いたい物はない。
「やっぱり沖縄だね。外国だね、此処は」
勝手なことを思いながら、免税店をあとにし、那覇空港のロビーを出る。
「四月だというのに。独特な気候だな。東京とは違うな」
「何か違うぞ。からっとしているけれど、空気が暑い」
沖縄だ、ここは沖縄だ。青い空気がオレンジ色の太陽に染まり、常夏の佇まいがある。沖縄は、空気が明るくまばゆい。
こうして、沖縄に着いた。

寮の部屋の天井は煤くれている。東京のことを想い出し独りしんみりする。
「そうか、もうすぐ二年次か」
ぼくは、あの頃とちっとも変わっていない。変わったことと言えば、読書好きになったことくらいか。

あっ、そう言えば、買ってきた本があったな・・・はああーっ・・・あああ、眠たい、眠たい・・・

激しい睡魔を感じる。もう読むのは眠たすぎて無理そう。

南部の海の思い出を抱いて、これで今日は寝るとしよう。

「みなさま、それでは、おやすみなさい・・・」

 

      (明日に続く)