「明日は何時起きかな?」
廊下を挟んだ隣の部屋で
布団に入っているであろうダンナに
LINEを送ろうとする
7時半
と返事があったとして
わたしはその時間に起きられるのか?
ダンナはそれより早く起きてしまうのではないのか?
すると訊くことにあまり意味はなく
むしろお互い、というかどちらかというとわたしが
なんで訊いたんだ、と思われかねない困った事態
は大げさにしても
多少気兼ねするシチュエーションなど
生み出しかねない
そんなことを思う間、家中を
ここは『嵐が丘』?と言いたくなるほどの
狂おしい風が弦楽器奏者のように
高低もボリュームも速度も自在に操りながら
休符を忘れて渦を巻いていて
時折、救急車のサイレンも混ざり、不安を添える
5類に移行しても
罹患してやることはそう変わらず
家族と重ならない場所へ
ヤドカリのように引きこもるべし
仕事はもちろんお休み
家事もお休み
人との接触を極力避けるという以外の
あらゆる義務が免除
そんな一週間は
身体の中の時間と温度を変える
熱があるせいか
冷たいものを欲する
でも冷蔵庫までのアクセスは
感染対策というバリアに遮られている
いつも持ち歩く水筒に氷を入れておくというひらめきを得て
幽閉地にいながら
わたしは北極にアクセスできるようになった
浮かされているとは思えない慎重さで
大切に大切に一個ずつもしくは二個ずつ
コップに取り出し
冷やした水を飲んだら
氷を舐める
がりがりと噛む
マンモスではなく象印の威力
とはいえ製氷機が作る小さな氷も少しずつ溶けて
逆さに振っても出てこなくなった
氷溶かして氷河と化してしまった
次なるひらめきを得る
その水筒へ水を入れればいい
境目の曖昧になった一個の塊
もはやなまめかしい人形のようなその塊のまわりを
満たしていく液体のコロコロいう音
冷たい固体がきゅっと引き締まる音
熱を帯びた人体は耳からも音を吸い潤う
陰になることもかまわず
布団の中で本を開く
互いの具合を見合うかのように
顔も本も文字も仲良く横になっている
自らの不調に付き合わざるを得ないいま
主人公のあらゆる不調にも
付き合っていく所存である
離れて暮らしていた父が亡くなり
片付けに行ったアパートで
遺品やふいにかかってきた電話などから
知らなかった父の姿が見えてくる
そうして決心などせずとも
自然な流れで父の心を受け継いでいる
そんな物語だった
本人が亡くなってから新しく知ることがあること
亡くなっているからこそ知れることがあること
わたしにも覚えがある
父は父の周りの人たちによって
わたしはわたしの周りの人たちによって
満たされ象られている
満たしていく液体のコロコロいう音
固体がきゅっと引き締まる音
それぞれが見えない円の中にいて
少し形を変え
またそれぞれが重なる
本当に治るのだろうかという疑念を越えて
空腹を覚えるようになっても隔離生活は続く
ふといま外は涼しいのではないか
という予感に導かれ
クーラーを消し
窓を開けた
なんとさわやかな空気
菌まみれの空気が入れ替わった
わたしの中の空気ももうまもなく入れ替わるはず
明日、わたしは隔離生活から脱皮する
数日ぶりにダンナともご対面という夜
風が狂ったように唸りをあげて
家中の隙間の形が
細さや捻れ、高さ低さの音に縁取られていた
それぞれの部屋からふたりが
それぞれの形と音楽で出てくるであろう朝
形状記憶合金のように
回復につれて早速夜型に戻ってしまったわたしと
病を得ずに変わらず朝型の夫は
起きる時間のずれという隙間を
いつものように彩ってしまうのだろう