2016年8月14日、日曜日。
雲ひとつない晴天、夏の熱気が存分に発揮されていました。
日曜日の朝だから、「おはようSMAP」の放送もなくゆっくりと寝ていました。
前の晩にサムガを聴きながら布団に入っていたから、枕元には携帯ラジオ。
ラジオを聴きながらぼんやり起きるのもいいな、と思いながら、暑さに耐えられず布団を脱出。リビングに行きました。
「ねぇ、大変だよ」
デジャブのように、母がスマホでニュースを見せてきます。
記事をスクロールすることもできません。
見出しと記事冒頭の数行に要点は書かれていたから。
解散、するんだね。
その後トイレに入りひとりになると、涙が溢れてきました。
まだ理解もできてないのに、今の自分の感情すらわからないのに、どんどん出てきます。
涙が頬を伝うのではなく、溢れ落ちていくのです。
ぼたぼたぼたぼた、止めどなく、勢いも衰えずに。
なんとか涙を堪え、トイレを出て、新聞に目を通しました。
紙面の淡々とした文字が、悲しくて、嫌で、理解したくなくて、なぜか悔しくて。
また涙が溢れては落ちていきます。
昼過ぎには、テレビを見ることもできなくなって、布団に潜り込みました。
暑い中、冷房もつけずに。ひたすら時間が過ぎるのを感じることしかできませんでした。
翌日も、その次の日も。
悲しい、つらい以外の感情は生まれませんでした。
ネットの記事であらぬことを書かれているのを見るのはつらくて。
でもTwitterで同じように悲しんでいる人がいると少しだけほっとして。
それぞれのラジオで、彼らの口から報告を受け、事態の重大さを再度思い知りました。
もっともっとお金を貯めてCD買って、高校生になったらファンクラブに入ってライブに行く。
当時中学2年生の私のそんな夢は、絶たれました。
あっけなく、潰されました。
学校では担任の先生に「SMAP解散しちゃうんでしょ? 悲しいねぇ」と言われました。
もちろん悪気がないのはわかっていますが、他人事のようにSMAPを扱われることに心が痛みました。
『SMAP 25 YEARS』『Clip! Smap!』の発売が決まると、少しだけ明るい気持ちが戻ってきました。
人気投票にも、たくさん悩みながら曲を決め、何度も投票。
そして人生で初めて、CDを予約しました。
お店で予約票を手に取り、緊張しながら記入したのをはっきりと覚えています。
12月、発売日の午前中にCDを受け取りに行きました。
CD屋さんの袋が誇らしかった。
今まで貯めてきたお小遣い・お年玉を使い、ようやく「SMAPのCDを買う」という小さな夢を叶えました。
そして12月31日。
年越しのワクワク感もなく、裁きの実行を待つ気分で聴いた中居くんのラジオ。
急に「解散やめます! また5人で頑張ります!」と言ってくれるかもしれない、と淡い期待を膨らませながら、周波数を合わせました。
淡々と語られる言葉に、頷きながら、行かないでと願いました。
そして、最後の言葉と曲。
それまでなんとか泣かずに耐えていたのに、また涙が出てきました。
この人が、中居くんこそがいちばんのSMAPファンで、いちばん悔しい思いをしているのかもしれない。
肌で感じる空気の冷たさを、彼らの思いの熱を、生涯覚えていようと誓いました。
年越しのカウントダウンは、奇しくもSMAPとのお別れまでのカウントダウン。
5! やめてよ、新年なんか来なくていいから。
4! このまま時が止まればいいのに。
3! そんなに明るく言わないでよ。
2! どうしてみんな笑っていられるの?
1! 行かないで。
手は、離さないんでしょ?
たったの50年も一緒にいられないの?
これほどまでに悲しい新年の迎え方は、この先経験しないでしょう。
昇る朝日が恨めしくて、正月に浮かれている人の表情を勝手に憎んで。
2017年は、SMAPを失って幕を上げました。