八百万の死にざま ローレンス・ブロック
1982年
ハヤカワポケットミステリ 昭和59年
元刑事のマット・スカダーは、かつて自分が発射した銃の跳弾により、民間人の少女の生命を奪ってから警察を辞め、以来探偵免許証を持たずに頼まれ仕事をやって食い繋いで来ていた。
そんなマットのもとに、友人の娼婦の紹介で、やはり身体を売って稼いでいるキム・ダッキネンという美女が相談に来る。ランチ・ミンクのコートを着て、指には四角い緑色の石の金の指輪を着けている。そんな彼女は、商売から足を洗ってヒモと切れたいというので話をつけてほしいというのだ。
ヒモの名はチャンスという黒人で、他に5人の女を囲っているほかは何の情報もない。彼と連絡するには電話取り次ぎサーヴィスに掛けるしかないという。
スカダーは彼女に1000ドルで協力することを告げ、前金として500ドルを受け取る。
その後彼は毎日のようにかつてのコネを頼りにチャンスの情報を集めると同時にAA(アルコール中毒者自主治療協会)の会合に顔を出す。
やがて情報屋のタレコミで、ボクシングの試合会場でチャンスと会ってみると、彼は意外にも洗練された物腰で教養もある男だった。チャンスはスカダーに女たちを縛るものは何もない。キムは自由だと告げる。
そのことを依頼主に告げると、彼女は感激して残金をとりにこいという。
そして彼女のチャンスが提供しているアパートメントで、彼は残金を受け取ると同時にボーナスとして身体の関係を持つ。娼婦に払えるボーナスはそれしか無いのだった。
翌々日新聞の大見出しに「コールガール惨殺さる」の文字が踊っていた。キムだった。
彼女は新しい高級高層ホテルの一室で死んでいた。
その部屋はチャールズ・オーウェン・ジョーンズという人物が前金を払って宿泊していたが、いつチェックアウトしたのかわからなかった。
宿泊名簿の住所は実在しないことが判明し、名前も偽名と思われた。サインは見分けづらい活字体で書かれていた。
その夜スカダーは9日ぶりに酒を飲み記憶を失って病院に運び込まれた。
若い医師は、これ以上飲むと遅かれ早かれ確実に死ぬことを彼に告げる。
何とか退院した彼は事件を担当する署の担当官ダーキン刑事にチャンスが犯人であることを告げるが、警察はすでにチャンスの情報をつかんでおり、彼には鉄壁のアリバイがあることを教えてくれる。
やがてそのチャンスから、スカダーを雇いたいという交渉がある。キムの事件を調査してほしいというのだ。
もはやハードボイルドの古典となった本書は、しかし読み始めた冒頭でキム・ダッキネンがハンドバッグから煙草と使い捨てライターを取り出し、使い捨てライター?って思ったら1982年の作品で、自分的にはついこないだみたいに思ったが、40年も経てばやはり古典の括りになるのだろう。
読んだことはないと思ってメルカリで買ったものだが、スカダーが頻繁にAAの会合に参加するシーンに覚えがあった。
しかしこの本が家にあった覚えはないから多分図書館で借りたものなのだろう?
娼婦たちがそれぞれユニークな性格をしているのと、なによりそのヒモであるチャンスの造型に惹かれた。ハードボイルドの脇役黒人としてはロバート・B・パーカーのスペンサーシリーズに登場する「ホーク」の印象が強いが、チャンスは自宅にトレーニングルームを備え身体を鍛えてはいるものの、暴力的要素はなく、アフリカ美術に造詣が深いインテリで、本当に女たちのことを考えている。
文体は会話を主体として読みやすいが、本格謎解き小説ではないので、最後の解決と謎解きには若干の不満も残る。
実行犯はスカダーによって射殺されるが、ジョーンズと名乗ったキムの情人の正体は本当にスカダーの推理通りなのか、また詩人娼婦ドナ・キャンピオンの書いた予言詩めいた詩は本当は何だったのか?などが最後までわからなかった。
原題は EIGHT MILLON WAYS TO DIE で、ニューヨーク市民の800万人にそれぞれの死に方があるという意味で、その象徴として作中で些細ないきさつから突然の暴力で生命を落とした人のエピソードがこれでもかと語られるが、それを「八百万の死にざま」と訳した邦題は見事なセンスだと思った。