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totoの自分探しーアセクシュアルを知ってからー

もしかして、私はアセクシュアルなのでは…?と思い立った学校生活最後の夏。
来年から仕事が始まるし、この機会に自分を振り返ってみようとぽちぽち書き始めた自伝を、
せっかくなのでブログにしてみました。
※注意書き読んでください※

こんにちは、totoです。

 

ここからは私の人格形成(性格や価値観など)に大きく影響しただろう出来事を振り返りつつ、

考え方や感じ方がどう変化していったか、今はどうか、などを話していきます。

 

まず最初は、こういったことをするようになったきっかけですが、

前回もあまり深く触れなかったアセクシュアルというものについて。

 

このブログで語る過去の話の最終地点がこのお話になるのですが、

何事も結論からお話しした方が分かりやすいということで。

 

ですます調は大変なので、だである調で話します。

 

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昨日の夜、私はTwitterのTLで直正也さんの『普通の恋愛11』を読んで、

アセクシュアルという言葉を知った。

 

アセクシュアルとは、

他者に対して(同性異性関わらず)恋愛感情や性的欲求を抱かない人のことを言うらしい。

 

漫画に出てくる東や未来の言動にとても既視感があった。

 

私も東のように勉強と同じような意味合いで付き合ってみたことがあるし、

未来のように他者に対して誰かに恋愛感情を持たない自分に悩んでいた。

 

早速アセクシュアルを検索してみれば、LGBT以外のセクシャルを表す言葉がたくさん出てきた。

 

単純に驚いた。なぜ今まで知らなかったのか。

 

男性に恋愛感情を持てないなら、私はレズビアンなのか。

かといって女性に恋愛感情を持つかと言えばそうではない。

なら、バイセクシャル?

母親に恋愛感情を持てないと言っても、『まだ出会っていないだけ』と言われる。

 

これらすべてが、無意識に「誰かに恋愛感情を持つ」ことが前提になっているのだと気づいた。

 

私は、おそらくアセクシュアルなのだと思う。

 

そう思うことで、ずっと不安定に揺れていた私が定義され、視界の靄が少し晴れた。

 

また、漫画の中であれ、私と同じような人が居ることに安堵した。

 

 

とは言っても、私は生まれてからずっとアセクシュアルだったわけでは無いと思う。

 

恋愛感情や、好きというものが良く分からなくなったのは中学1年の時。

 

小学生の頃に芽生えた価値観も合わさり、大学では一斉攻撃を受けて最終的に撃沈した。

 

そうして、私は成長とともにアセクシュアルになっていった。

 

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次は小学生の頃の話です。